短編小説『ソイソース』

 

 ソイソースの味に疑問を感じたあいつは、登校途中に嘔吐した。側溝に向かって滝のようにゲロをぶちまける様子を後ろから見守っていたら、学年主任が飛んできてこう言った。
「快くんさ、昨日給食残したでしょ。だからだよ」
「なんでそんなこと言うんだよ。快は先週から風邪気味だったんだ。体調不良で体育も休んだんだから。嘘ばっかり言うんじゃねぇ」
「うそなんかじゃない。給食を残した人は必ず次の日に吐いてしまうんだ。……恐ろしいだろう? この学校は呪われている。ノロウィルスの『ノロ』は、呪いのノロだ」
 俺はおかしいなと思った。この先生はいつもこんな冗談っぽい話をする。それは普通だ。でも今日はちょっと辛そうだった。
 最初にソイソースと言ったのは学級委員長のモモだ。それまではみんな醤油と呼んでいたし、普通わざわざ英語で言わない。でも彼女のカリスマ性はかなりのもので、俺も結局ソイソースと言ってしまった、というより言わないといけない雰囲気に流された。ソイソース、ソイソース。その後三日間は教室がソイソースという言葉で埋め尽くされたようで息苦しくなった。
 登校時間ギリギリにモモが教室に入ってきた。なんとか吐き気の収まった快は、ご機嫌なモモに突っかかる。
「お前醤油に毒入れただろ」
「――なんで? なんで毒なんか入れるの?」
「お前んち醤油作ってんだろ。この学校に恨みがあって毒盛ったんだ」
 変な事を言い出した快をじとりと睨みつけるモモ。小さな醬油工場を営んでいるのは本当だが、この学校に恨みがあるはずなかった。
 放課後、快と一緒にサッカーをすることになり、サッカーゴールにぶら下がっていると、モモがやって来て脇腹を突っつく。
「……なんだよ。覚えのないこと言われてムカついてんの?」
「違うし。学年主任の先生、何か言ってた?」
「あ、ああ。この学校は呪われてるって言ってたぞ。なんかあんの?」
「ソイソース。アレ、呪文」
 それっきり何も言わなくなった彼女は、ベンチからカバンをとり手を振った。俺も振り返す。
「ソイソース、って十回言って? それから醤油を一口、スプーンか何かで口に含んでみて」
 振り返って笑うモモは不気味だった。
 家に帰ってから言われた通りやってみると、いつもの醤油の味と違っていた。少し苦味があるような感じだった。
 翌日の教室でモモに聞いてみた。
「あの味は隠し味なんです。でも受け付けない人もいるかも。それよりうちの醤油使ってるんだ」
「母親が好きなんだよお前んちの醤油。俺はあんまり好きじゃない」
「好みがあるからどうでもいいけど。吐き気はなかったの?」
 来週まで休むと言っていた快を思い出した。まったくと言っていいほど体調に変化はない。むしろあの快の様子がおかしすぎるんだと再確認し背筋が凍った。醤油工場の娘は安堵した表情を浮かべる。
「学年主任が言ってることは本当よ。この学校は呪われている。お父さんが言ってたの。この学校が出来た時、集団食中毒の原因が醤油だったらしいって。でも後々調べたら全く別の原因があったって」
「そんなことがあったのか。その別の原因って?」
「ただの思い込みよ」
 それで会話は終わった。ただの思い込みだって? 冗談じゃない、俺は絶対に――――。

 後日聞いた話ではソイソースには人の魂が混ざっていた。なぜ?
「モモは真相を知っているのだろ? 誰にも言っていないようだが……」
 ブランコに腰を下ろし、男がモモの頭を撫でる。人の魂を給食と一緒に体内に入れていた? なぜ?
「――――食わなければ死ぬんです。私たち妖怪は」
 初めて妖怪に会い、その瞬間に俺は妖怪の仲間入りをした。
 

無理はしない。

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