ギイツネ森林

  by sattakanovel  Tags :  

 
 ある一軒家のキッチンではショキが夕飯の支度をしていた。ショッピングモールの警備員として働いている彼は疲れ切った心のありさまを表に出さず、フライパンの中身を見つめている。特に好き嫌いはない。だが奇妙な癖がある。一日のうちに必ず自分が嫌いなものを一つ食べるのだ。油の上で踊っている小さめのロブスターはショキが生まれて初めて食べ、その瞬間に嫌いになった食材の一つである。
 一部壁紙が剥がれている部分が気になり、フライパンを置く。もくもくと上がる湯気で変色した部分を有した壁紙全体は、一見どの家でも使われているものだ。しかし、剥がれている部分から見えるのは壁材の地の色でも骨組みでもなく、色彩豊かな油絵の一部のよう……ショキはおもむろに壁紙をはがし始めた。
「それにしても暑すぎる。換気扇は回っているのか」
 窓は熱気で曇っている。夏場の日差しは屋内でも容赦なく人間から汗を絞り出そうとする。額の汗を拭きながら壁紙を剥がし終え、冷笑した。
「この家を作った住人、もしかしたら施工業者かもしれないが、趣味が悪い」
 壁紙の奥には宝の地図のような絵画が描かれていた。ところどころ滲んでいるのが年季を感じさせる。
 『ギイツネ』。カタカナのサインがかろうじて読める。
 ――ピィ、ピィ。ガスコンロが自動で止まり、フライパンを放置していたことを思い出す。限界まで熱せられたフライパンに急いで水を注ぎ、事なきを得た。
 その翌日からショキの身の回りで不可解な出来事が相次いだ。三月一日、部屋の花瓶が消失。三月二日、台所のフライパンが消失。三月三日、大事にしていたサバイバルナイフが消失……。
 そして三月四日、たびたび交流していた隣人が突如引っ越した。管理人に聞いても事情は知らないという。
 翌月になると家財は一つも無くなった。

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sattakanovel

無理はしない。

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