「だめ」ってそんなにだめかなぁ

  by 日なた  Tags :  


朝からスマホのYahoo!ニュース画面で見出しに目を通す。
NHKの朝ドラ『マッサン』の視聴率が最初からおおむね順調だったことはそこで目にして知っていた。そして一時期(それまでとしたら)落ち気味だったことも。
よほど自分が嫌な感情を持っているものでなければ批判や吊し上げにあっている姿は見たくない。加えていえば、嫌いなものであってもやり玉にあがっているのを見のは自分の腹の中にある黒いものを見るようで、好きじゃない。
なので嫌な気分になるであろうなぁとわかりつつも、低迷期、一度その視聴率の記事を開いて読んでみた。
その時期の『マッサン』は主人公のマッサンが非常に不甲斐なく、怠け続けていて、偏屈で、その姿が視聴率低下の原因とのことだった。ストーリー上それが長く続いていたことも大きかったらしい。いつまでもそんな主人公を見ていたくないという声が多く不評、とのことだった。 
(視聴率が盛り返した)現在でも当時についてのその声はよくきくので、本当に不評だったのだろうなぁと思う。

グダグダとくすぶって前に進まない。言い訳して前に進まない。頼りない。大事なことを先延ばしにしながら、可愛くてやさしい奥さんに甘える。
で。
…それってそんなに悪いことだろうか?
いやよくないのだ。よくない。それが一生続いたらそりゃあよくないだろう。何よりそばにいていっしょに生きているパートナーは辛い。
ただ私が「えぇっ」と衝撃ともいえるくらいに驚いたのは、これが「のちにこういうことを成し遂げる人の話」だと知っていても、人びとがくすぶっているマッサンをいつまでも見たくないと不快感を示したことだ。
「いつまでも」じゃないと知っているのに、だ。
「この後こういうことをして這い上がる」とわかっていてさえも、だめな時期を見ているのが耐えられないんだ…。
…じゃあ、じゃあマッサンがいつも転んだらすぐに立ち上がり、前向きな言葉を発し、キラキラと輝いている主人公だったら、人びとは「それでこそ。素晴らしい。朝からいい気分になる」と褒めたたえるのだろうか?視聴率も高いままだった?
私は「なんてつまらなそうなドラマだ」と思う。

話が前後するが、『マッサン』が始まる前に放映された特番、その中で奥さんを演じるアメリカの女優フォックスさんが、
「彼(マッサン)がいい夫のときもだめな夫のときも愛している」
という意味のことをインタビューで口にしていたのを憶えている。
この気持ちがいちばんの核ではないだろうか?
いまはほんとうに人が人に対して厳しい世の中なのだなぁと実感した。

いいとこどり、というのが最も損な気する。
目の前にいる生身の人間ひとりのだめなところを知っていて、それでも「好き」と言えるというのは究極の贅沢なムダを抱えた愛だと思う。
何気なく見ているテレビドラマでまで突然「人を裁く」、上に立ってものを言う人がほんとうに気持ち悪い。

SNSは一切やっておらず、インターネット関連知識はまったく「ない」ので、少々場違いなところに出ているのは承知しているのですが…いろいろ書いていきます。