MLBを席巻するセイバーメトリクス

  by ニコ・トスカーニ  Tags :  

 

先日、日本から一足遅れてMLBの球団も続々とキャンプインし始めました。向こうでは、ニューヨークの貴公子デレク・ジーターの引退が大々的に報じられているようですが、日本での関心はなんといっても田中将大。球界を代表するエースがどんな活躍をするのか、野球経験は一切ないのに、なぜか野球オタクになってしまった筆者は楽しみでなりません。
さて、私は野球の数字を追いかけるのが大好きなのですが、そのきっかけとなったのが、MLB専門誌の『SLUGGER』を読み始めたことでした。雑誌で頻繁に引用されていたセイバーメトリクスによる指標は、なぜか筆者にとってたまらなく魅力的で、以降、選手の名前を聞くと、各種記録を調べずにはいられない癖がついてしまいました。このセイバーメトリクスなるものは、今日のMLBでは常識となっている手法で、昨年の楽天もこの手法をチーム編成に取り入れていたようです。
今回は、投手部門のみ、基本的な考え限定ですがこのセイバーメトリクスがいかなものかざっくりと書いてみようと思います。

セイバーメトリクスの有効性

 

「主観に頼らない姿勢」これがセイバーメトリクスの根幹となるものです。
発明したのは、アマチュア研究家のビル・ジェームズという人物で、客観的な数字による野球の分析から、投手、打撃の3部門以外に数多くの指標を生み出しました。ジェームズの手法自体はすでに1970年代に確立されていましたが、その有効性は長年の間疑問視されており、その有効性が注目されるようになったのは2000年代に入ってから。

オークランド・アスレチックスの名物ゼネラルマネージャー(以下GM)、ビリー・ビーンの功績によるものです。
ビーンは将来を嘱望された選手でしたが、結局パッとした成績を残せず28歳で引退。翌年の1990年にオークランド・アスレチックスのスカウトに就任すると、1993年からは前GMであるサンディ・アルダーソンのアシスタントになります。

ビーンは自分が成功しなかったのは、主観による旧来のスカウティングに問題があったのではないかと考えていたようでこのような彼の思想が、MLBに新たな潮流を発生させるきっかけになります。
1995年、前オーナーの死去によりアスレチックス財政状況は急激に悪化このころからアルダーソン前GMはセイバーメトリクスの権威であるビル・ジェームズの理論を参考にしたチーム作りを説いて回るようになります。
後任のビリー・ビーンがGMに就任し、さらにその方針を推し進めると2000年代に入ったころにその成果が現れ始め2001年と2002年にはリーグ最低クラスの総年俸ながら2年連続でシーズン100勝、2000年、2002年、2003年、2006、2012、2013年にはアメリカリーグ西地区を制覇します。
彼の成功に基づき、セイバーメトリクスを重視する「新思考派」と呼ばれる若い世代のGMが台頭するようになりました。28歳の若さでレッドソックスのGMに就任し、チームを86年ぶりのワールドチャンピオンに導いたセオ・エプスタインはその最たる例と言っても良いでしょう。(なお、ビル・ジェームズはエプスタインにアドバイザーとして招へいされ、現在もその任についています。エプスタインは手腕を買われて、低迷するカブスに迎えられました)
元選手のビーンに対して、エプスタインは選手経験のない経営畑の出身ですが、現在のMLBでは選手経験のないGMも多く、貧乏球団ながら毎年激戦区のア・リーグ東地区で好成績を残しているタンパベイ・レイズのフリードマンGMも元証券マンです。(彼もまた、新思考派の代表例です)
さて、やや前置きが長くなりましたが、ビーンが成功を収め、今やメジャーになった理論はどのようなものだったのでしょうか?

セイバーメトリクスの指標にはかなり複雑な計算式を必要とする物もあるので、ここは代表的な考えだけ紹介していくことにします。

四球と被本塁打以外は投手の責任ではない

なぜ、このような結論に至ったのか?

それは、ボロス・マクラッケンというアマチュア研究家がBABIP(本塁打以外のインプレーの打球がヒットになる確率)を調べていたところ、長い目で見れば、1流投手も3流投手もほとんど3割前後の数値であるという発見をしたことが始まりでした。この研究結果をもとに、マクラッケンはDIPSという指標を生み出し、現在はその修正版であるFIPが有用な指標として認知されています。この理論にはセイバーメトリクスの権威であるジェームズも懐疑的でしたが、その後の研究によりこの考えは概ね正しいことがわかりました。
これは、大変な発見でした。球界でかつてから信じられていた打たせて捕る技術は存在しないということがすくなくとも数値上は証明されてしまったのです。
それゆえ、現在のMLBでは被本塁打、与四球、奪三振の3つが特に重要視されています。

一見、無茶苦茶に見えるこの理論ですが、被本塁打が少なく、四球を滅多に出さず、奪三振率の高い投手は間違いなくいい投手です。そう考えると、確かに理に適っているといえるかもしれません。
実際、実例もいくつかあります。かつてヤンキースで最多勝を挙げた王建民はシンカーの多投でゴロアウトを稼ぐ極端な打たせて捕るタイプでした。最多勝を獲得した2006年は218イニングで奪三振はわずかに76、翌年も199イニングで104と一貫して奪三振は少なく、2008年以降は規定投球回数にすら達していません。(もちろん、怪我の影響もあったんでしょうけど)ツインズで二けた勝利を3度挙げたカルロス・シルバも極端なゴロピッチャーでしたが、彼もまた、年によって成績に大きなバラつきがあり、2008年にマリナーズに移籍して以降はほぼ表舞台から姿を消してしまいました。
松坂大輔(現メッツ)もまた、この理論におけるサンプルと言えそうです。
松坂はレッドソックス移籍2年目に18勝3敗、防御率2.90とサイ・ヤング賞級の成績を残していますが、15勝で防御率4.40だった移籍1年目と比べると、与四球率や奪三振率といった指標はむしろ低下しています。
対して、BABIPはリーグ6位の0.267と低かったので運に恵まれすぎとの声もあり、翌年はわずか4勝しかできず成績が急降下したのはご存じのとおりと思います。
彼らに対して、ありとあらゆる指標でトップレベルの成績を(地味に)残してきたのが上原浩治(レッドスックス)です。昨年、クローザーとして、レッドソックスのワールドチャンピオンの貢献した上原ですが、21セーブという、クローザーとしてはやや物足りないセーブ数に対して、投球内容のほうは凄まじく、74イニングで奪三振101、四球9、被本塁打5と打者有利のフェンウェイ・パークをホームグラウンドとしながら四球を出さず、三振を奪い、本塁打を浴びないという理想的な投球をしていたことがわかります。

三振と四球を重要視する今日のMLBでは、奪三振数を四球で割ったK/BB(あるいはSO/BB)という指標も重視されていますが、上原はSO/BBも記録的に優秀で、オリオールズ在籍時の11年7月8日から12年レンジャーズまでの期間に残したSO/BB 19.50は殿堂入り投手のデニス・エカーズリーがマークしたシーズン記録の18.33を超えています。主に先発だったNPBでも、SO/BBは通算6.88。SO/BBは3.50を超えれば優秀と言われているので、文字通り記録的な数字と言えるでしょう。(なお、これがレッドソックスアドバイザーのジェームズが上原の獲得を進言する決め手になったとか)
また、今日のMLBでは、フライアウトの多い投手は、長打をくらいやすいということが統計上わかったため、ゴロアウトの比率が高い投手が好まれるのですが、上原はゴロ/フライアウト率も向上しており、数字上で見ても、より洗練された投球をしていることがわかります。
四球を出さず、三振を奪い、本塁打を浴びない。言葉にすると簡単ですが、実行できるようになるには色々と試行錯誤もあった事でしょう。実際、空気が乾燥していていて打球が飛びやすいレンジャーズで、上原は被本塁打が増加しており、そのころから、長打を打たせないようにするにはどうすればいいか考え始めたのではないでしょうか。レッドソックスの本拠地も打者有利な球場ですが、それだけに上原の成績はなお驚異的です。
SO/BBの有効性という意味では、クリフ・リー(フィリーズ)もいいサンプルと言えそうです。リーはインディアンスに在籍した2008年にサイヤング賞を獲得しているMLB屈指の好投手で、毎年安定した成績を残しています。SO/BBの数値が特にすさまじく、マリナーズに在籍した2010年は先発投手としては異常ともいえるSO/BB10.28を記録しています。2012年シーズンは先発機会30回でわずか6勝しか挙げることができず、黄昏に入ったという意見もあったようですがこの年もSO/BB 7.39と高水準で、決して投球クオリティーは落ちていませんでした。2013年は見事に復活し、14勝8敗、防御率2.87でオールスターにも選出、SO/BBも6.93と高水準でした。
彼らはあくまで一例にすぎず、セイバーメトリクスにも限界はあるでしょう。ですが、セイバーメトリクスと成績に相関関係が認められるのもまた事実です。
さて、では冒頭に帰って田中の成績を見てみましょう。セイバーメトリクスという観点からみて、田中はどのような選手と言えるでしょうか?

昨年の田中は、24勝0敗という成績が注目されましたが、防御率も1.27でダントツの1位。修正統一球が導入されたにも関わらず、212イニング被本塁打はわずかに6本、SO/BBは5.71でした。田中のSO/BBは通算でも4.50と非常に高く安定してクオリティーの高い投球をしていると言えそうです。

ボール受けた正捕手のブライアン・マッキャンからスプリットの質の高さを称賛されたというニュースが入ってきましたが、ボールの質だけでなく、田中が日本で残した指標もまた素晴らしいものでした。野球選手が最高度のパフォーマンスをするのは20代半ばから30代の前半までと言われており、肉体的にも今がまさにピークといえるはずです。今後の活躍を、数字とともに追いかけていきたいと思います、という月並みな感想で今回は筆をおきたいとおもいます。

また、最後に蛇足になりますが、日本でも積極的にセイバーメトリクスを取り上げているブログがあり、こちらhttp://baseballstats2011.jp/は頻繁にチェックしています。
(セイバーメトリクスに関してはマイケル・ルイス著 中山宥訳の『マネーボール』を参考にしました)

(画像・MLB.comより)

 

青山学院大学大学院博士前期課程修了(英文学)、ネットワーク専門のエンジニアとしてIT商社勤務 双子の弟との共同制作、共同脚本、共同演出として自主映画数本を制作。近作で福岡インディペンデント映画祭の審査員特別賞を受賞 映画全般、日本アニメ、クラシック音楽、ジャズ、野球(観戦オンリー)が好き 学部生時代にイングランドに短期留学。英語がそこそこ話せる(旅行に行っても困らない程度)

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