結局降板 みのもんた親子は世間を騒がせた

  by あおぞら  Tags :  

ヨーロッパには『銀のスプーンを口にくわえて生まれる』という表現があり、類語辞典で調べると『経済的に豊かな家の子どもとして生まれること』とあります。また欧米には出産祝いに銀のスプーンを贈り物とする慣わしもあります。これは魔よけであったり、一生食べ物に困らないと言う願いが込められています。

ところでついにみのもんたが次男の逮捕劇に対して責任をとる形で、自身の情報番組等の降板を発表しました。次男の事件当初は成人した息子の犯罪に親が責任を感じての番組降板はありえないのような態度でいましたが、日本と言う国ではそれは無責任と捉えられるかもしれないし、何より自身の番組で社会問題等を扱う場合には、”我が息子”は警察にまでしょっ引かれて、よくぞ親父は暢気なもんで批判が出来るものだ….の風潮になるのは必須なのです。

酔ったことを言い訳に、他人の財布に手をつける愚行を起こすみのもんたの次男。しかも、親の七光りで手にした日本テレビの社員の職。みのもんたは見た目から我田引水型に見えるけど、多少の慎みがあれば息子二人をテレビ局に押し込むようなギラツイタ姿は控えるべきだったでしょう。

日本テレビはみのもんた次男が横入りのような入社をして、本当に優秀だった次点の応募者が採用されなかったわけですね。元テレビ局勤務の友人に聞いたことがあるのですが、但し、地方局のテレビ局ですけどね、テレビ局へ入社する際は縁故入社が殆どであると。確かに東京のテレビ局では有名人の子供たちが数多く入社しているようです。

世間一般では、このように縁もコネもある人なんて圧倒的に少ないですよ。まだ縁故入社で入社した人たちが優秀であったり、性格がよかったりする場合は救われますが、このようなみのもんたの次男のようなケースでは職場を乱すだけ。有名人の息子なら例え遅刻しようが、勤務態度が悪かったとしても、それを堂々と指摘できる上司もいなかったわけなんでしょうね。だからこそ、こうのさばり過ぎて『ああ、無情』のように飢えのためにパンを盗むのではなく、金に困っているわけでもないのに、なぜか他人の財布を盗む、もうわけわかりません。

こういう事件は場合によってはみのもんた次男が恨みを買っていたからマークされやすかったかもしれません。もし、その犯罪の瞬間をみのもんた次男の人生から切り取ることができれば、次男は今も日本テレビの社員でいただろうし、親父だって記者会見を開いて謝罪し、更に自分の番組まで降板することは起きなかったでしょう。

恵まれた境遇に生まれた人たちは人から羨ましがられる。しかし、その強運にあぐらをかいていると人生のツケが大きく回っていることもあるんですね。

世の中は淘汰されていくのです。

みのもんたも一気に老けた印象を心なしか受けますね。気の毒と言っちゃあ気の毒ですが、、自業自得とも言えるし……

なんとも後味の悪さが残る出来事でした。

画像: from flickr YAHOO!
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