オカルティズムと日本の信仰 その2

  by 九尾信貴  Tags :  

これは土地も良かったのだろう。我が国、島国日本は、日出ずる国を標榜するほど、大陸の極東の端にあり、他国の侵略を受けなかった。これ自体、稀有なことだ。大陸の国は、盗ったり盗られたりの争いを繰り返し、血が混ざり合うことは避けられない。日本は僥倖だった。列強国の侵略を免れた。そこが、日本人は単一民族と云われる所以である。

ただ、古代には多くの渡来人(中国・朝鮮・ユダヤ?)の流入があったようだが。
日本の歴史は、聖徳太子から始まるといっていい。なぜなら、それ以前の記述がはっきりしないからである。

それでは、聖徳太子は一体どういう人物だったのか? 謎の多い人物だ。
伝承や記録からは超人的な人のようである。ここではその超人ぶりには触れないが、日本国家としての、その礎を造った人ということで間違いないようだ。

それまでの日本は、神道が主軸の国だった。
神道の呪術は、秘儀であり、奥義なので、特別な階級のものだけに許されたものだった。
物部(もののべ)神道が主流派を占めており、天皇(大君)の政を司っていた。
そして、神道は自然崇拝で、木や岩や山が神様だった。

広く信仰を集め、民力を上げるためにはどうすれば良いか。
聖徳太子は仏教を導入することにしたのだ。仏教には経典があり、仏像がある。
経典には文字があり、文字があれば学問がある。仏像は場所を選ばず偶像崇拝となる。

ところで、仏教を導入する前の頃の言葉はどうなっていたのか? 古代の人達は、何語を喋っていたのだろうか。
間違いなく日本語の原形だろうが、まだ言語までには、なっていなかったのではないかと思う。言語とは近代解釈でいえば、あらゆる学問を説明できるものでなければ、言語としては成立しないとなる。

ここから、日本に仏教が布教されることになった。
そして、中国や朝鮮との交易が盛んになり、他国の文化が流入してきた。
日本は発展していくことになる。国家としての道を歩みだした。

やがて、空海や最澄のような高僧が生まれることになる。弘法大師伝説は日本津々浦々までに及ぶ。
鎌倉幕府ができて、武家中心に傾倒していっても、日本国の主は天皇であり、神道は伝承されていく。
途中、神仏習合で神と仏が同一化することになった。
武人ほど、神を畏れ、敬うものはない。命のやり取りをしているので尚更だ。

どの国もそうだが、昔は命が軽んじられた。潔さの裏返しといってもいい。また、それだけ、神への信仰が強かった。
古代神道には、一説には生贄が行われていた。牛馬を生きたまま祭壇に押し上げ、殺すというものだ。大切な命を捧げることで、神に信仰心を誓ったのだ。
道という言葉に、なぜ、首があるのかというと、往来には魔物が出ると信じられていた。首を埋めることで、魔物封じの意味があった。橋の人柱も同じで、自然の脅威は神の怒りそのものであり、あらぶる神を鎮めるためであった。

これがオカルトといえる。
これを、現代人には到底理解できない、科学知識のない時代の所業として片付けていいのだろうか。現代人には見えないものが、古代人には見えていたのかもしれない。

ところで、聖徳太子は存在したのか? という議論がある。
聖徳太子は用命天皇の子息になる。しかし、天皇にはなれなかった人物だ。
国の礎を造り、あらゆる制度を設け、仏教を導入した。超人的過ぎるので逆に疑われるのだ。

おそらく、居た。なぜなら、聖徳太子が建立したといわれる神社や寺の由緒書きや縁起が多く残っているからだ。創建時からの謂れであるから、架空な人物の伝承は残らないのではないかと思うからだ。

どうしても、伝承というものは誇張され伝わるものなので、話し半分としても存在はしていただろう。
それにしても超人には間違いないわけで、もし、現代に居てくれたら、日本の危機的状況も簡単に打破してくれるのではと考えてしまうのは、筆者だけではないだろう。

畿内は神々の地である。近畿の奈良、京都、大阪、和歌山、三重など。
それと九州。高千穂の天孫降臨の神話に登場するニニギは、天照大神の孫にあたる神で、天皇直系祖先である。故に、卑弥呼・邪馬台国論争が起こる。
いずれも歴史の深い土地である。

地の利からいっても、大陸から流れてくる渡来人は、九州や畿内は行きやすい。
関東や東北、北海道は遠くて行けないだろう。どうしても未開の地となる。
昔は僻地、流刑扱いになった土地だった。

北海道や東北は蝦夷といい、野蛮人の住む土地といわれた。これはあくまで、大和朝廷からみたときの暴言だが、おそらく、その頃はアイヌ人が占めていたと思われる。アテルイはその首長だったのだろう。
関東平野も未開の地だった。鎌倉幕府あたりから開拓は進む。関東に古代文明があると、一時騒がれたが、おそらくガセだろうと思われる。

浪漫はあるが、残念ながら、物証の考古学と確たる文献に重きを置かれるのが常であるため、実証は難しいだろう。

遊神と危道の探求を信条に。ただ迷想も間々あり。 あらゆる分野のリーディングカンパニーでSEとして従事という特異な経歴を持つ。旅・歴史探訪・テーブルゲームをこよなく愛し、古き良き日本を探すことに生甲斐を覚える。

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