池袋新文芸坐で毎週土曜のオールナイト上映のすすめ~ゴッドファーザーオールナイト~

  by 珊瑚  Tags :  

 その日は風邪を引いていて、会う人会う人に「お大事に!」と労われたにもかかわらず、夜向かった先は池袋の新文芸坐。時計は8:45PM。そこから6:30AMまでぶっ通しで、オールナイト上映を観る。しかも映画は『ゴッドファーザー』三部作。我ながら「どんだけ~?」だが、今週は“映画Week”と決めたのだ。あしからず。

 ほぼ満席なことに驚いた。男性だけではなく、女性同士やカップルも多い。遅れて入ると、まさかの最前列。最前列で映画を観るほど、しんどいことはない。しかもPart 2は余裕で3時間を超える。不安になりつつも、改めてこの映画の人気ぶりを思い知った。

 上映前から流れていた『ゴッドファーザー 愛のテーマ』が止み、始まりの時を待つ。

 ドン・ヴィトー・コルレオーネの娘コニーの結婚式。裏では、ある葬儀屋がドンに頼み事をしている。凌辱された娘の復しゅうをしてほしい――。ドンは、友情の証として“ゴッドファーザー”と呼ぶなら助けると答える。血の気の多い長男ソニー、影の薄い二男フレド、一族と距離を置く三男マイケル、末娘コニー、そして顧問的存在の養子トム。ドンを中心に固い絆で結ばれたファミリーは順風満帆に見えたが、麻薬絡みの依頼を断ったことがきっかけでドンが襲撃され、事態は一変。マフィアの仕事を軽蔑していた三男マイケルが運命の波にのまれ、ゴッドファーザーとなるまでを描く。

 敵の寝室ベッドに馬の頭を仕込むなど、絵的にも衝撃的なシーンの連続。ドンが襲撃されるシーンにも圧倒された。ドンを演じるマーロン・ブラントは、演じた当時40代後半で、設定された年齢より若かったため、老け感を出すために頬に綿をつめて挑んだとか。ただそこにいるだけで、空気が張り詰めるような存在感に目が釘付けとなった。

『ゴッドファーザーPart2』

 自ら一代を築いたヴィトーに比べると、指名されてドンになったマイケルは、必然的に背負うものが大きい。自分の家族を守る父親として、そして一族を守るファーザーとして、幸せを築くという目的は同じでも、手段が違う。その葛藤――。

 

 マイケル役のアル・パチーノの演技は、「目は口ほどにものを言う」という言葉がふさわしく、特にラストの目元にしわが刻まれた横顔のアップが印象的だった。何を得て、何を失ったのか――。悪魔と取引をし、真のゴッドファーザーとなった彼から、目が離せなくなった。

 

 多額の寄附をしたことで、マイケルがバチカンより叙勲されるシーンから始まる。それを機にバチカン内の資金運営を握る大司教との強いパイプを得て、これまでの闇の仕事からは足を洗い、合法ビジネスへの転換を試みる。しかし、数々の陰謀によって、行く手を阻まれていく。マイケルが途中、父親(マイケルの一番上の兄ソニー)に似て血の気の多い甥のヴィンセントを、「敵は必ず愛する者を狙ってくる」と諭す。この言葉は、Part3を象徴している。

 前作から16年経った最終章で、老いたマイケルは失ったものを取り戻そうとする。息子と娘、そして元妻への変わらぬ愛――。すべてを手に入れたドンの最後の願い。枢機卿(※すうききょう・教皇の助言者である高位聖職者)を前に、罪を犯してきたことを懺悔するシーンは胸が痛い。そこには、かつての冷酷なゴッドファーザーの面影はなく、あるのは一人の人間としての孤独な姿だった。

 3部作に共通するのは、“間”の演技。ビートたけしも、『間抜けの構造』(新潮新書)という“間”の美学について書いた本を出しているが、マーロン、デ・ニーロ、パチーノら名優の共通点として、相手にノーを言わせない“間”がある。“沈黙”に似て非なる、ゴッドファーザーの“間”。それが、求心力のあるカリスマを演出していた。

 ちなみに、上映中は全く眠くならなかった。休憩中も映画音楽が流れ、廊下には当時のチラシや雑誌の切り抜きなどが掲示されていて、飽きることがなかった。新文芸坐土曜オールナイト上映、映画の世界観にどっぷりハマりたい人に、おすすめだ。

池袋東口3分 新文芸坐オールナイト↓

http://www.shin-bungeiza.com/allnight.html

現在ライター修業中です。『果敢に生きる』が人生のテーマです。アクティブに、アグレッシブに、ポジティブに記事にしていきます。