鳴らない電話~福祉施設のある日の風景~

  by サイキッカー  Tags :  


電話ってよくよく考えると怖い器械だ。
相手が分かったとしても、その伝えようとする意図が生身の人間と違って読めない事と此方の都合を無視して突如鳴り響く所に怖さを感じる。
古くは「怪奇大作戦」最近だと「探偵ガリレオ」で電話を利用した殺人が描かれていたが、電話に対して人が持つ感情的な怖さを上手く表現していたと思う。
僕が勤める老人福祉施設にも当然ながら電話は存在するし、勤務では何を意識するでもなく、普通に利用し応対をする。そんな日常で施設の電話に肝を冷やす、怖さを再確認する瞬間って言うのが往々にして存在する。そんなお話を少々。
一人(僕の施設の夜勤形式がである)で長時間勤務しなければいけない夜勤業務というのは電話を受け取りたくないというか来てもらいたくないのが本音という時間帯で、勤務中は常に施設内を駆けずり回って動いている。それが夜勤だと通常の三倍増のスピードになる。
この三倍増と言う数字は気分的な物だが。
基本的に一人で入所者の対応をしなければいけないので、深夜に入所者の対応をしていたら電話に出る事はほとんど不可能に近い。仮に出たとしても、その間に入所者の呼び出しもあるので、気が気ではない。
一通りの業務を終えて施設全体が眠りについた時、夜勤業務者も少しほっと出来るのだが、必ずしも電話も来なくなる訳ではなく、むしろその時間帯に来る電話の応対こそ肝を冷やすと言うか気の重くなるような物が多い。
軽い所で行くとイタズラ電話だろうか。一通りの業務を終えて、少し仮眠をと考えた寝入りばなや深夜も大分過ぎて電話がかかって来ると冗談でもなく、胸の鼓動が異常に速くなる。
夜間の電話応対も業務になるので、眠い目を擦りながら電話口に出るとそれが無言電話だった事などしょっちゅうで不意に電話を切られて、「ふざけるな!」と受話器を叩きつけた事も何度かある。逆に電話口に出たら耳元で荒い息づかいが聞こえたので「るせえ!バカ!!」と一言言って即座に切る事もあった。こういった時は腹立つのを通り超して思いっきり脱力してしまう。
僕では無いのだが、他の職員が夜勤で受けたイタ電で、出た途端「オレだ!わかるか?」と言われた物が
ある。受けたのはベテランの人だったのだが「怖かった~」と話していた。
知らない内に向こうがこの職場の事を把握していると言う、ストーカーに目をつけられた様な怖さがそこにはあった。
それでもこれまでのイタ電は、どんなにとんでもなくとも、人の生き死にには関わった物はなかった。
人の生死に関わる電話は何度受けても慣れない。細かく言うと理性的に対応は出来るのだが、20年近く現場にいるのに感情が今持って追いつかないと言うべきだろうか。
入所者が入院していて容態急変によって亡くなるのはいつも唐突で電話が来るとしたら大抵は深夜2時から3時の誰もが寝静まっている様な時間帯にかかってくる事が多かった。
かけてくる側は入院していた人が何時何分に亡くなったと淡々と経過と共に伝えてくる。聞いてる方は故人と自分はどんな交流があっただろうか、どれだけの事をしてあげられただろうか等と頭の片隅で思い浮かべている。その上で遺体の引き取りやその後の対応等の手続きに関し病院側と簡単な打合せを行う。この手の連絡を受けた時、僕だけだと思うが、故人は安らかに逝ったかどうかを聞く事にしている。施設に故人の事が伝わった時、他の入所者から亡くなった時の様子を聞かれる事があるからだ。それでも深夜の事なので、大した事が出来る訳ではない。
この場合、施設長や上司へ時間に関係なく故人の死亡と病院側から受けた事務連絡を伝える。そこから先は事務の領分なので、後は眠れなくなってそのまま夜勤業務を再開させる。
人の生死に関わる電話は何度も受けたが、印象深い電話にこんな物がある。
やはり深夜の事だったと思うが、電話に出ると、他所の県立病院からの電話だった。要は入所者の息子が亡くなったので引き取りや手続きをどうにかしていただきたいという主旨だった。
病院と家族の説明で知ったのだがその人は長年、音信不通で他の家族もどこで何をしていたのか、まるで分からなかったらしい。病院としても、入院時に身元がはっきりせず大変だった様で、親が施設にいるらしいとようやく探し当てて連絡してきたと言う。そんな経過を聞かされた上で遺体引き取りのうんぬんをかなりしつこく迫られた記憶がある。向こうも仕事だからそうした事を聞いて来るのは分かるのだが、その親が施設で身動きを取れないのだ。その事を伝えた上で入所者の身元保証人と連絡を取り、今後の対応を決める方向で話は落ち着いた。人の死が関わる電話はこれまで何度か受けたが、他人の人生を垣間見た様な錯覚に陥り気が重くなる電話だった。
後に話が一段落して、その入所者から「あのバカ息子は。死んでまで人に迷惑かけて、ホントにごめんね」と頭下げられた。言葉と反対に表情が悲しげに見えたのが忘れられない。
イタ電、人の生死に関わる物以外に何と応対していいのか困る「んあ~」としか言い様の無い電話もある。
簡単な所では借金の督促だろうか。
流石に「ミナミの帝王」の様な修羅場にはならなかったのだが、初め、ごく普通の時間に僕が対応したのだが、「この施設にこう言う人はいますか?」と誰とは特定出来ないが女性職員を呼んで欲しいと言う。時間も時間だったので、自分しかいない事を伝え、用件を訪ねるのだが「いや、その人じゃないと言えないし分からない」と言う。取り合えず先方の名前だけは確認して、電話を切り、夜勤明けに詳細を報告した。
この時点で全員イタ電だと考えていたのだが、僕の夜勤からしばらく同じ様な主旨の電話が続いた。暫く電話が続くうちにその人がよく外出する入所者と親しくなり、意気投合して、おごったりおごられたりでお金のやり取りをしていたらしい事。その金銭が一寸した額になってきたので心配になり連絡してきたらしい事が分かって来た。先方も仲良くなった相手が老人ホームの人間と言うだけでお互いに名前も知らず、かといって誰に連絡して良いのか分からず、かろうじて会話の中に出てきた名前も分からない女性職員が担当になるのだろうと、その特徴だけを伝えて連絡を取ろうと試みて、結果イタ電の様な状態になったのだ。無論、先方へ借金はしっかり返し謝罪し、「外でお金の貸し借りをしては行けません!」と入所者へキッツイ教育的指導があったのは言うまでもない。よかった。竹内力が出てこなくて。
酔っぱらいの電話応対も受ける方としてはうんざりさせられる物だ。
正月の夜勤で22時くらいだったと記憶してるが、電話を取ると入所者の所在を確認する物だった。
その人は入所者の親類でここ数年、交際がなく、正月に親類との宴席上、初めて施設にいる事を知ったと言う。それで懐かしくなり声を聞きたくてかけて来たのだと言う…としこたま飲んでいたのか、思いきり酔って何度も同じ事を説明した上で「本人を呼んでもらえませんか?」と要望してくるのだ。
気持ちは分かるのだが、この時点で22時を大分過ぎて、入所者も眠りについている。
起こすのもまた可哀想なので、その事を伝え、日を改めて電話してくれる様に伝えるのだが、「お正月なんだからいいでしょ」とまた繰り返し。いや、だからもうみんな寝てるんだって。施設でも正月は無礼講みたいなイメージなのだ。
余りにも長いんで、最後は他の親類からも止められたんだろう。
後日、また電話をかけて、本人とゆっくり話をすると言うことで話は落ち着いた。あとにも先にも酔っぱらいの電話応対はこの一回だけだったが、いやあ疲れた。それだけだ。
日中、夜間に関わらず、入所者の人生同様千差万別な分、何を知らせてくるか読めない電話はいつまでたっても怖い。あ、電話だ。もしもし。

 社会福祉士、介護支援専門員(ケアマネージャー) 介護福祉士の介護三大資格を修得。 敷居の高い、未だに謎のベールに包まれている介護、福祉の世界を身近でわかりやすく伝えたいです。 熱く武道、特撮も語れる空手家でもあります。

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