尖閣 中国の主張とは

  by グリッティ  Tags :  

尖閣諸島

中国政府は25日、新華社通信を通じ、「釣魚島(尖閣諸島の中国名)は中国固有の領土」と題する白書を発表した。

人民網日本版でこの白書は全て読めるわけだが、ちゃんと中国の主張を知ってる日本人はどれほどいるのであろうか?

「中国、「釣魚島は中国固有の領土」白書を発表」

http://j.people.com.cn/94474/7960430.html

尖閣が日本領であることは疑いのないところだが、中国側の主張に対し、ネット上で流布されている反論に、おかしな所もある。

1.「日本が尖閣諸島を国際法上正当なやり方で沖縄県に編入した」
と言われている。
確かにそれはその通りだ。

しかし、その時期は日清戦争中であった。(1895年1月14日に編入。日清戦争は1894年7月~1895年3月)

だから中国側が 白書の中で、

「二、 日本は釣魚島を窃取した 」

と表現するのもわからないではない。

もっともその頃、清朝は尖閣など全く意識の外にあっので、(台湾すら化外の地と言っていた)いつ編入しても何も言わなかったと思うが。

2.「中国や台湾が尖閣の領有権を主張したのは、その海域に石油が埋蔵されているとの調査結果が発表されたからだ」

これも非常によく言われる。

初めて調査が行われたのが1968年。
1969~1970年には国連の調査が行われ、推定1,095億バレルの埋蔵量の可能性があると報告されている。

そして中国や台湾が領土を主張し始めたのは1970年、正式には1971年である。

こうして見るとタイミング的には確かにそう見えるし、そういう側面もあったのだろう。
しかし、もう一方の側面は完全に無視されている。

それは沖縄返還の時期だ。
アメリカによって尖閣を含む沖縄は占領され、日本への返還交渉が始まったのが1969年。
立場を同じくする戦勝国によって占領されていた尖閣の領有権を、中国は主張できなかった。

返還にあたり、その日本への返還のリストに尖閣諸島も含まれていることを知った中国政府は、それについて抗議している。

沖縄が日本に返還されたのは、1971年に合意後、1972年5月15日である。

中国や台湾が尖閣の領有を主張し始めた時期とも一致する。

3.「中国は1971年まで1度も尖閣の領有を主張しなかった」

上記の1,2にも関連するが、日清戦争に負け台湾を割譲した清に、尖閣の領有を主張できるわけもなく、日本が台湾を手放した後は、1972年までアメリカの信託統治でやはり領有を主張できなかった。

沖縄返還交渉が始まって初めて、尖閣が中国には戻ってこないとわかったために、領土主張を始めたと言っても十分につじつまは合っている。

中国が領有を主張できうるタイミングは1970年あたりからしかなかったともいえる。

中国は中国で、特に清朝の時代やその後も、領土の認識がなかったか、非常に甘かったので、強く主張できる出来るほどの根拠があるわけではないし、それはわかっていると思う。
この問題をナショナリズム高揚に利用し、今回のデモや暴動略奪につなげる行為は、決して許されるものではない。

しかし、中国側の主張を一顧だにせず、退けることは、問題の混迷化に繋がるように思う。
上記で説明したように、全く荒唐無稽なことばかり言っているともいえないからだ。

中国には強く主張できないと自覚している面があるのだから(そうでなければもっと強硬な態度をとっているはず。軍事的行動あるいは国際司法裁判所への提起など)、日中平和友好条約にあるように“棚上げ”ということにしながら、日本は粛々と実効支配を続けていればよかったのだと思う。

今回の一連の流れは、中国側の監視船や漁船の侵犯から始まっている。
ならば、中国は挑発行動をやめる、日本は国有化せず、現状に復する、こうすることによって、中国のメンツも立ち、日本も実利を得られるのではないか。

日本政府は、尖閣の土地に対し、所有権はそのままに、賃借権より強い権利の地上権を取得して、事実上の国有化をすることで、幕引きをはかるのが一番だと思う。
いまさらそうしても弱腰の非難は避けられないだろうが…

中国というのは“メンツが何より大事な国だ”ということを忘れない方がいい。

腹の足しにならない“メンツ”は中国にくれてやって、日本は「尖閣」を維持し続ければいいではないか?
この地域を紛争化することに、日本のメリットは何一つないのだから。

 

 

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