産経新聞「都内11区が防災演習協力拒否」誤報はどうして起きたのか

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今回の問題は11の区から「記事の内容は事実無根」として抗議を受けた産経新聞側が誤報の事実を認めて訂正・陳謝したことで決着をみましたが、そもそもの発端である「どうして誤報が掲載されたのか」という点に関しては、産経新聞側の訂正記事でも原因については触れられていないので産経新聞と11の区、その他の第三者による証言から改めて事実関係を整理してみると、以下のようになります。

 

7月16・17日に実施された統合防災演習の経過

今回の演習は、陸上自衛隊第一師団が「東京でマグニチュード8.2の直下型地震が発生した」という状況を想定し、練馬演習場から都内23区役所へ徒歩で移動するルートの確認と通信訓練が主な目的でした。

訓練2日日に当たる17日付の東京新聞には以下の通り今回の訓練に対して賛否の声が存在することが取り上げられていますが、この記事の文章は産経の誤報のように「区役所の職員」がこうした否定的な見解を持っていると解釈するのは困難です。

迷彩服姿の隊員が区役所に入ることには賛否があり、練馬駐屯地前には約六十人が集まって抗議や支援の声を上げた。

また、東京新聞の記事では板橋区(今回の誤報で挙げられた11区には入っていません)在住の65歳自営業男性による

「自衛隊はあくまで軍隊。迷彩服のまま市街地を歩き、頼んでもいないのに区役所に来るのは反対だ」

とするコメントを掲載しており、前段の「迷彩服姿の隊員が区役所に入ることには賛否があり」がこの自営業男性のコメントを指していると見るのが自然だと考えられます。記事中では、16日の夜から17日にかけて隊員(各区2名)が区役所に宿泊した区は板橋・文京・練馬・葛飾・荒川・足立・台東の7区としていますが、これらの区については「宿泊態勢が整った」状態であることが理由であると明示されています。この点は豊島区が23日に産経新聞社へ提出した抗議文で事実経過が詳細に述べられており、

1.自衛隊からの依頼を受け、宿泊施設がない旨説明したところ、駐車場を利用して車中泊するとのことであったため、駐車スペースを準備していたが、訓練直前に自衛隊から計画変更の連絡があり、車中泊は取りやめとなった。
2.訓練当日の16日は、練馬駐屯地から徒歩で来庁した自衛隊員2名を午後9時5分頃に受け入れ、防災課のある区施設(生活産業プラザ)事務室及び屋上において、防災課長立ち会いのもと、通信訓練を実施。訓練終了後午後9時35分頃、両隊員は迎えの車で帰隊。
3.翌17日、午前8時20分頃に再び2名の隊員が車で来庁。防災課職員立会いのもと、通信訓練を実施。終了後、午前9時20分頃帰隊。訓練中は、区敷地内に自衛隊の車を駐車。
4.首都直下地震を想定した有意義な訓練であり、当然のこととしてできる協力をした。

として、宿泊訓練が実施されなかったのは「区役所に受け入れ態勢が無いことを区が説明したところ、自衛隊側が『駐車場に車を停めて車中泊で対応する』と回答したので区は駐車場にスペースを確保して対応したが自衛隊側の都合で車中泊は行わないことになった」という事実経過であったことがわかります(この点は産経側も訂正記事で認めているので、争いがありません)。豊島区以外の抗議文でも大なり小なりこの点は共通しており、産経記事のような「区民に迷彩服を見せたくなかった」などの理由で区役所職員が隊員の区役所立ち入りを拒否したので宿泊訓練を断念した区は存在しなかったと見られます。

17日の通信訓練に関しては千代田区を除く22区役所で実施されており、この点は訂正前の産経記事と争いがありません(千代田区で通信訓練を実施しなかったことに関しては、紙面では触れられていませんでしたがMSN産経ニュースの配信記事では触れられており、紙面の訂正記事にはその理由が付け加えられています)。千代田区役所は国有の九段第三合同庁舎と施設を共有しているため、同施設に入居する総務省関東総合通信局との電波混信のおそれを理由に通信訓練が見送られましたが、16日の徒歩訓練に関しては千代田区の抗議文で「訓練に必要な車両の駐車スペースの確保について依頼があり、区として協力をさせていただきました」として、報道内容を否定しています。

 

火に油を注いだ24日付のコラム『産経抄』

「協力拒否」の記事が掲載された23日、記事中で名前を挙げられた11の区役所には抗議が殺到する事態となりました。港・豊島・中野の3区はその日のうちに産経新聞社へ「事実無根」として抗議し、各区のサイトに声明を発表しました。特に豊島区は16・17日の経過を詳細に公表し、記事を執筆した三枝玄太郎記者からの電話取材に対しても前述した隊員の宿泊を受け入れる態勢が区役所に無いことを説明したにも関わらず事実に反する記事が掲載されたとして「謝罪・訂正を強く求めます」と非常に強い口調で産経側の対応を求めたので、事態を重く見た産経新聞社は23日午後に三枝記者と将口泰浩・社会部編集委員が豊島区役所を訪れ、口頭で経過を説明して陳謝しました。

ところが、24日付紙面のコラム『産経抄』でも「協力拒否」の記事が区役所の対応を非難する論調で取り上げられたので、豊島区役所は改めて産経新聞社に抗議の申し入れを実施します。

しかしながら、本日24日付貴紙朝刊コラム「産經抄」において、昨日の記事の訂正はおろか、昨日の記事を前提として、立ち入り拒否をしたとされる区の防災担当職員を誹謗する記事が掲載されました。これに対し、将口氏に確認を求めたところ、担当部署が違っていたため、情報が共有化されていなかったと説明されましたが、全く納得の得られるものではありません。昨日来、インターネット上でも貴紙誤報記事をめぐって混乱が生じている状況の中で、貴紙の看板コラムである「産經抄」で、再び誤った内容を掲載することは、マスメディアとしての自覚に著しく欠けるものと言わざるをえません。

将口編集委員の説明が事実であるとするならば「お役所仕事」の代表例とされる“縦割り”体制の弊害を当の役所から突き付けられるというマスメディアとしては痛恨の失態に他なりません。24日中には前日に抗議を行った3区に続いて他の8区も続々と抗議を行い、遂に25日の紙面とMSN産経ニュースで訂正記事が掲載され、26日の『産経抄』でもおわびと訂正が表明されたのでした。

 

産経の記事は“後追い誤報”だった?

11区の抗議に産経新聞社が非を認めて陳謝・訂正したことで今回の誤報問題は決着をみましたが、そもそも今回の誤報は何が発端だったのかという問題は残ったままです。

この点に関して、ジャーナリストの西村幸祐氏がTwitterで7月16日の夜に以下のようなコメントを発しており、これが「協力拒否」に触れた最初のソースとみられます。

東京直下型地震を想定した第一師団の訓練に対し、東京23区で恐ろしいことが行われています。昨晩から今朝にかけて区施設等の利用を自衛隊に許可したのは23区の内7区のみ。16区は拒否したのです。上記の以外の区民は、区民税の支払いを拒否したら・・

(以上、出典URL: https://twitter.com/kohyu1952/status/225082479206346752[リンク]

東京都の沖縄化が進行中!

昨年大震災に見舞われたばかりというのに、東京直下型地震を想定した第一師団の訓練に対し、東京23区では恐ろしいことが行われていました。
昨晩から今朝にかけて、防災訓練において区施設等の利用を自衛隊に許可したのは23区のうち、板橋区、練馬区、荒川区、足立区、葛飾区、台東区、文京区の7区のみ。何と16区は拒否したのです。
上記の以外の区民は、区民税の支払いを拒否したらどうでしょうか?

(以上、出典URL: http://www.twitlonger.com/show/ic5ld9 [リンク]

西村氏は7月18日にCS放送の『日本文化チャンネル桜』の番組「ニュースの読み方」でも氏の「スクープ」として区役所立ち入り拒否の発生を取り上げており、西村氏は産経の記事を「後追い報道」であると述べています。

西村幸祐解説【ニュースの読み方】真夏の夜の不思議なメディア[桜H24/7/18]
http://broadcast.kohyu.jpn.com/2012/07/h24718-4.html [リンク]

僕がCH桜の番組でスクープした (URL省略) … 後追い報道が出ました。 RT:「迷彩服を区民に見せるな」 自衛隊の防災演習、東京の11の区が庁舎立ち入り拒否 – MSN産経ニュース
https://twitter.com/kohyu1952/status/227102397078577153 [リンク]

西村氏が述べている16日の「7区しか施設利用を許可しなかった」というのは先述の東京新聞記事で宿泊設備が整っているとされた区と一致します。それ以外の区で宿泊訓練が実施されなかった理由に関しては前述のように区役所の設備上の理由であり、車中泊の中止も自衛隊側の都合によるもので区役所職員が「迷彩服を区民に見せたくなかった」と言った政治的・イデオロギー的な理由で受け入れを拒否したとする報道内容そのものを全ての区が否定しています。西村氏が東京新聞の記事を誤読ないし曲解したのか、あるいは別のバイアスがかかった取材源が原因かは定かではありませんが、いずれにしても当事者である区側からの事実確認を怠って安易に産経側が飛びついて記事にしたのだとすれば余りにもお粗末ですし、豊島区の抗議文で述べられているように区側に電話取材を行って事実関係の説明を受けたにも関わらずその説明に反する内容の記事を敢えて掲載したのだとすれば“悪質”との批判を免れないでしょう。それに加えて、今回の問題では記事内容への抗議が部署間で共有されず、コラムで追い打ちをかけたことも「産経新聞社のチェック体制が正常に機能していないのではないか」との疑問を読者に抱かせる結果となってしまいました。

今回の誤報は“一新聞社のミス”という範囲に留まらず、今後のマスメディアのあり方について多くの教訓を残す結果になったと言えそうです。

 

画像:産経新聞「自衛隊防災演習の記事」について(豊島区)
http://www.city.toshima.lg.jp/koho/027665.html

1975年、兵庫県姫路市生まれ。商工組合事務局勤務を経て2012年よりウェブライター活動を開始。興味のある分野は主にエンターテインメント、アーカイビング、知的財産関係。プライベートでは在野の立場で細々と文学研究を行っている。

Twitter: 84oca