「若い女にうつつを抜かすような夫はもう戻らない」異常行動であわや大惨事!? 正妻の嫉妬が火を吹いた焦げ臭い泥沼別居劇 ~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~

夫婦仲を冷え込ませた年上妻の”異常行動”とは

注目の的だった玉鬘といきなり結婚し、世間の話題をかっさらった髭黒。長年連れ添った年上の正妻と3人の子供には目もくれず、今はひたすら新妻・玉鬘を迎えるためのリフォームを急いでいました。

目の前で新しい女のための増改築工事が進められることが、どんなに傷つくことか。ナレーションは「色男というものはどの女性にもわけ隔てなく接するべきで、誰か一人だけを偏愛するのはNGなのに、恋に不慣れな髭黒はそういった配慮がない」と説明。でも突然恋に狂ったオジサンに、そんなことを求めても無理でしょう……。

この正妻の父親は式部卿宮で、実は紫の上の異母姉です。若い頃は美人だったのですが、いつの頃からか物の怪が取り憑き、異常な行動を取ることが増えました。最近は正気でいる時間も少なく、髭黒との不仲もこれが原因です。

元の性格は物静かでおっとりとしているのに、いったん物の怪が憑くと人が変わったように荒ぶり、手がつけられなくなります。そんな彼女が主婦なので、家の内も散らかり放題でした。

玉鬘のようにパッとした顔立ちではないものの、昔は小柄で上品な美人だったこの奥さん。でも今は病気のためにやせ衰え、髪もすっかり薄くなり、残った髪も梳かさないので涙でガチガチ。髭黒が「ばあさん」呼ばわりしていたのもこの辺が原因でしょう。髭黒も辛抱してきましたが、さすがにもう我慢の限界だったのです。

髭黒が妻子を捨て六条院に入り浸り……という話を聞いた式部卿宮は「若い女にうつつを抜かすような夫は、もう戻らないだろう。いつまでも未練がましいのは恥さらしだ。うちに帰ってきなさい。この父がいる限り辛い思いはさせないよ」と、引っ越しの日時を決めてしまいました。

それでも正妻の心はなかなか決まりません。「夫に捨てられたからって、実家に出戻るなんて」と、ますます具合が悪くなって寝込んでいます。髭黒のお手つきになっていた2人の女房・木工(もく)の君や中将の君も「本当にひどい話だわ」と一緒になって嘆いていました。

「実家のことまで悪く言わないで」別居話で大モメ

妻が実家に帰るかもしれないと聞いて、さすがの髭黒も慌てます。「昨日今日一緒になったわけじゃない。長年連れ添って3人の子供もいる仲じゃないか。新しい妻を迎えても、あなたのことはおろそかにしないつもりでいるよ。

とにかく六条院というのは華やかすぎる場所で、私が通婚をするのは何とも落ち着かないから、それだけの理由なのだ。今しばらくはギクシャクするかもしれないが、長い目で私の愛情を見届けて欲しい。

義父上(式部卿宮)も短気な方だ。たとえ気に入らないことがあっても、行動に移すというのは軽率なのに……。宮さまともあろう方が、本気で仰っているだろうか?婿の私を懲らしめるおつもりか」。

奥さんは親を馬鹿にされたようでシャクに障ります。「私のことをイカれたばあさん呼ばわりするのは結構ですけど、実家のことまで悪く言わないで下さいな。

私はあなたの行動に今更どうこう言いません。ただ私の情けない現状を、両親がひどく悲しんでいるのが辛くて。実家に帰ったところで、一層親を嘆かせるだけだと思うといたたまれないのです。

ただ、源氏の君の奥方……紫の上という人は私の異母妹。別れて育った縁薄い妹とは言え、あなたと新妻(玉鬘)の間を取り持つなんて許せないと、両親は思っているみたい。私はもう何とも思わず、成り行きを見ているだけですけれど」。奥さん、正気だと結構まとも。

「なんてことを言うんだ。とんでもない!紫の上さまはこの件には一切関わっておられない。何もご存じないのだ。まったくの誤解だよ!

髭黒は、妻の実家とのゴタゴタも紫の上への筋違いな恨み節も、源氏の耳に入ったらどうしようと気が気ではありません。こんなゲスな想像をして言うのもお父さんの式部卿宮というよりは、紫の上をいびってきたあの継母(髭黒の正妻の実母)なんでしょう、多分。

若い妻の元へ行きたい!でも……日が暮れてモヤる夫の葛藤

日がな一日、髭黒は奥さんをなだめすかして過ごしました。しかし日が暮れると(一刻も早く玉鬘に逢いたい!)と気が逸ります。季節は旧暦の11月、外は結構な雪模様。こんな天気に、弱りきってしおれた妻を置いて出ていくのは気が引けます。

(いっそ怒鳴り散らしてでもくれれば、ケンカ腰で思い切って出ていけるのに……)なんて事も思いますが、奥さんはただ慎ましくしているだけ。行こうかどうしようか、髭黒はモヤモヤ。

夫の心を読んだ奥さんは「雪がひどくなってきました。もう夜も更けましたし、お出かけになるなら早めに……」と促します。

髭黒は「う、うん。でもこんな天気に出かけるのは億劫だ」と言いつつ「とにかく今は、六条院で信頼関係を築くためにも間を空けずに通わなくては。しばらくの間の辛抱だからね。今日みたいに発作のない時のあなたは、本当に優しい人だ。これからも夫婦としてやっていこう」。

「体だけここに居て下さっても、心ここにあらずでは辛いだけです。他所にいても私のことを思って下さった方が嬉しいわ」。いじらしいことを言いながら、奥さんは六条院へ行く髭黒のおしゃれ着に、香を焚きしめます。香水の代わりに、当時は香炉の上に金網のかごのような物をおいて、その上に衣をかけて薫香をうつしていました。

髭黒のおしゃれ着は立派なのに、奥さんの着ている衣はぐちゃぐちゃのシワシワ。身なりを構わなくなって久しい、やせ衰えた妻の姿。泣きはらした目がみっともないのも、髭黒の目には憐れに愛おしく映ります。

(長年連れ添った妻を差し置いて新しい女に夢中になるとは、我ながらナンパな男だな)と、自省する気持ちはあるものの、それで玉鬘に逢いたい気持ちが失せるわけもなく。髭黒は六条院に向かうべく、念入りにおめかしをします。フォローのつもりか、源氏にはかなうはずもないが、男らしく立派な様子は並ではないと、一応髭黒の見た目についても言及してくれています。

一瞬の出来事!あわや大惨事の”妻の乱心”

お供の侍たちが外で「雪が小降りになりました。もう深夜になります」。その声に髭黒が部屋を出ようとしたその時、諦めた様子で横になった奥さんがにわかに立ち上がり、匂いを焚きしめた香炉を掴んで、立ち去る夫の背中にバサーーーーッ!

……誰も制止出来ないほど一瞬の出来事でした。おーっと今日はずっとおとなしかったのに、ここで発作だ!!

部屋は煙でもうもう。女房たちも総出で払い除けますが、細かな灰が目にも鼻にも入って大変。髭黒はただ呆然と立ち尽くすのみです。灰をぶっかけられたおしゃれ着はところどころ焼け焦げて穴が空き、下着まで焦げ臭くなってしまいました。ていうか、火事になるところだよ!危なっ!

髭黒はさっきいじらしく思った気持ちも消え、もうウンザリですが(騒いだらますます大変なことになるだろう)と、夜中ですがお坊さんを呼び加持祈祷。奥さんに取り付いた霊が出ていくように打ったり引きずったりし、その度に奥さんは泣き叫んでまさに修羅場です。物の怪を体から追い出すためなのでしょうが、大変だなあこれも。

奥さんの罵りワードについては具体的に書かれていませんので、代わりに漫画『あさきゆめみし』から抜粋。「灰だらけの右大将!若い女にうつつを抜かしているからそのざまだ!さあ……!その格好で六条院でもどこへでも行くがいい!さぞかし姫もお喜びだろうよ!」と、こんな感じ。あとは、「あーっはっはっは!!」とか、「うう~」とか叫んでいる描写があります。

修羅場は一晩中続き、明け方ようやく奥さんが疲れて眠ったところで、髭黒は玉鬘へ手紙を書きました。「自宅で急病人が出た上、あいにくの天気でそちらに行けませんでした。あなたに逢えなくて身も心も冷え切っています……」。用件だけが真面目に書いてある面白みのない内容を、これまた白い紙にがっちりした字で書いてあります。字は上手いのですが、オシャレ感は皆無です。

玉鬘は髭黒が来なくても何とも思わないので、手紙もろくに見ず返事もしません。既読スルーどころか未読スルー。愛していない夫がこなくて、むしろホッとしたかもしれませんね。

「もうヤダこんな生活!」一日ぶりに会った新妻に惚れ直し

髭黒は玉鬘からの返信がないのでしょんぼり。今日もなお奥さんは回復せず、物々しい祈祷が行われます。髭黒も(ここしばらくの間だけでいい、頼むから発作を起こさないでくれ!本当は優しい性格だと知らなければ、到底耐えられない)。もうヤダ、こんな生活!

結局この日も暮れていき、髭黒は(今夜こそは!)と慌てます。体にまでが焦げくささが残っているので、まずはお風呂に入ってニオイ消し。どんだけ灰を浴びたんだよって感じですね。自慢の一張羅は焼け焦げてしまったし、新調するにも時間がないので今日は家にあった適当なのを着るしかない。(なれないオシャレは疲れるな。我ながら妙なことだ)。それくらい六条院は気の張る場所、通婚も大変です。

今日は奥さんの代わりに、お手付きの女房・木工の君が香を焚きしめます。「昨晩は、奥様のお心が思い余って炎を上げたのでしょうね。あまりの心変わり、お気の毒で見ていられませんわ」

あなたの愛人として私だって恨んでるのよと、その目は言っているわけですが、玉鬘を知った髭黒にはそれも疎ましく(なんでこんなつまらん女と寝たんだ、俺は)。ああ、下世話。

女の恨みが渦巻く荒れ果てた自宅を後にし、この世の極楽・六条院の玉鬘を一日ぶりに見た彼の感動は想像以上でした。(ただ一晩逢わなかっただけなのに、改めて美しくなったようだ!なんという美女だろう)。

こうして髭黒の心は玉鬘ただ1人に注がれ、面倒な自宅へは帰る気も起こらず、またまた六条院に入り浸る日々を送るのでした。玉鬘はさぞかし嫌だったでしょうね……。

簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/

こんにちは!相澤マイコです。普段、感じていること・考えていることから、「ふーん」とか「へー」って思えそうなことを書きます。

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