いま、映画黄金時代のネガフィルムが危ない! そして未来へ、名画を4Kで遺したい……


注目! 幅広くポスト・プロダクション業務を行う東映ラボ・テック株式会社から、映画のアーカイブについて、“歴史的使命”を感じながら真摯に語られた、3つの “緊急提言”をお届けしたい。(映画雑誌『キネマ旬報 7月下旬号』(7月5日発売/850円+税)より一部転載・全文は誌面をご覧下さい)

[座談会]
東映ラボ・テック株式会社 常務取締役 営業部長/近藤誠二
東映ラボ・テック株式会社 常務取締役 スーパーバイザー/根岸誠
東映ラボ・テック株式会社 取締役 アーカイブ事業部長/大津寄宏一
東映株式会社 コンテンツ事業部 業務室係長/谷本萌生

左より大津寄宏一、根岸誠、近藤誠二(以上、東映ラボ・テック株式会社)、谷本萌生(東映株式会社)

緊急提言1・いまネガフィルムが危ない!

近藤 弊社、東映ラボ・テックは1951年3月設立。本年まで66年間、フィルムの作業に従事し、東映さんはもちろんですが、多くの製作者の方々とも映像制作に携わらせていただいております。今回は、私たちが日々楽しんでいる映画・映像の保管にとって、重要な事態がいま起こっていることを、読者の方々にお伝えし、さらに、私たちももう一度考えてみようと思い、この座談会を開かせていただきました。適正な温度・湿度でない環境で保管されたアセテート系ベースのネガフィルムは、ビネガーシンドロームという現象を起こします。空気中の水分との化学反応によって、ネガフィルムが分解して、酢酸臭を発生し、歪んだり癒着したりと劣化してしまうんです。そうすると上映用のポジフィルムや、放送用テープ・配信用データを作ることや、フィルム本来の細かなデータを保存し、次世代のメディアなどに対応することができなくなってしまう。緊急の対策が必要だと思うのですが、我々現像の関係者や映画会社では常識でも、一般にどれだけ知られているか、ということを考えるとかなり心もとなく思っています。

根岸 「フィルムというものは100年間、保存できる」と、よく言われますよね。だから、「まだ大丈夫なんじゃないか?」というのが一般的な認識なんじゃないでしょうか。でもその認識には、重要な条件が抜け落ちているんですよ。「湿度40%以下・室温20℃以下」、もっと理想をいえば「湿度30%・室温4℃くらい」で保存した場合は、「100年間、保存できる」ということなんです。高温多湿というフィルムにとって悪条件の日本で、良い環境で保管できる場所は限られている、という現状があります。

谷本 映画が量産されていた50~60年代で、主に使用されていたのがアセテート系ベースのフィルムです。そして、ビネガーシンドロームが発見されたのが1990年代初頭。気づいたときには映画黄金時代のフィルムの劣化は始まっていたんです。現在、東映では、ネガフィルムを適切な低温低湿で保管していますが、劣化を遅らせることはできても元に戻すことはできません。

近藤 映画が多く製作されていた50年代当時の映画会社は、フィルムの二次利用、つまりソフト化やBS・CSなどでの放映、ネット配信、デジタルでの再上映などの需要があるとは想像できなかったと思うんですよ。とにかく毎週新しい映画を撮って映画館にかけて、で、「ネガは?」という感じだったはずです。またテレビのドラマ(スタジオでのビデオ撮影などをのぞく)、時代劇、特撮番組、アニメなどでも80年代頃までは、主に16ミリフィルムが使用されていました。それが90年代に劣化がみつかり、さらに30年が経過してしまいました。これを読んでくださっている皆さまが、「あの作品はちゃんと保管されているのだろうか?」と声を上げてくだされば、作品の適正な保管に繋がるかもしれないと思うんです。

谷本 今はない独立プロダクションや自主映画などで、個人がネガフィルムを保管することになってしまったケースは心配です。ネガ自体はあるものの劣化が進んでいるかもしれません。

根岸 缶に入れたままのネガフィルムが一番危ないんです。何年かに一度、巻き返しをしたり、薬剤でクリーニングをしたりして、酢酸を飛ばさないと劣化が進みます。また、ネガフィルムのアセテート・ベースの上には画像を形作っている感光乳剤が塗ってあって、フィルムの劣化が進むと乳剤が溶けて、巻いてあるフィルム同士がくっついてしまいます(画像参照)。それを離そうとすると、乳剤が離れてしまうから、ベース上に画像がなくなってしまう。そこまで行ってしまったら、手の施しようがありません。

ビネガーシンドロームを起こしたネガフィルム

谷本 一度ビネガーシンドロームが起こると止めることはできません。さらに発生した酢酸が劣化を加速させてしまいます。去年、大丈夫だったフィルムが、今年駄目になっていた、ということも実際あるんですよ。劣化が起こってしまったら低温低湿で保管して劣化を遅らせること、劣化が更に進行しないうちに、フィルムをスキャンすることしか今のところできません。

根岸 劣化の発見後、ビネガーシンドロームの起きないポリエステル系をベースに使ったPETフィルムが開発されました。でもそのフィルムは切れにくい素材なので、撮影時にトラブルが起こった時にカメラの方が壊れてしまうこともあり、編集にも向きません。アセテートの場合、フィルムの方が切れやすいので、カメラは無事なんです。なので、主に上映用のポジフィルムに使用されています。ならば、「ポジフィルムだけ遺せばいいじゃないか」と思われるかも知れませんが、ネガの方が情報量が多いのです。たとえば暗部の画像は、ポジでは潰れてしまうところもあります。一方、4Kデジタルでネガをスキャンすれば、暗部も完全に再現できます。

近藤 東京国立近代美術館フィルムセンターさんは、コンテンツホルダーではないので、主にポジを保管してくださっています。しかし、完全な作品保存を考えるとネガも保存しなければならないのです。

谷本 いまはインターネットの動画サイトなどで、昔の映像を簡単に楽しむことができますよね。だから、多くの作品のマスターが危機に瀕しているということは想像しづらいかもしれません。

緊急提言2・フィルムを4Kデジタル化して次世代へ遺そう!

近藤 「一度、DVDやブルーレイになっているのだから、すでにデジタル化している。それで、大丈夫なのでは?」とお考えになる方もたくさんいらっしゃるかと思います。ですが、家庭用テレビの大画面化が進んでいますし、4K放送や4Kネット配信など、今後の4K時代には、情報量が少なく対応できません。フィルムの情報を残さずデータ化することが、映画を遺すために重要です。そこで最新のフィルムスキャナーを今年3月に新たに2式導入し、これによりフィルムスキャナーは5式になりました。

大津寄 従来はネガのスキャンに30~40時間がかかっていたのですが、新しく導入した高精細スキャニング機能を搭載した最新機種・スキャンステーションは、劣化がひどくなければ上映時間とほぼ同じ時間で、ネガフィルムの映像・音響を、画面解像度最大5Kにスキャンできます。フィルム脇の孔、パーフォレーションをピンで引っ掛けてフィルムを進ませるのではなくて、両側から引っ張ってローラーでフィルムを流してスキャンできるので、フィルムの収縮や多少のひび割れがあってもネガを傷めません。

スキャンステーション

近藤 スキャン前に細かくネガチェック(画像参照)を行いますので、こちらにはかなりの時間を頂戴しています。ネガの劣化が進行してしまったら、この4Kへのスキャンすら不可能になってしまうんです。ここが、いま非常に危惧されるポイントです。そこで、早急の4Kデジタルデータ化の保存を呼びかけたいのです。

フィルムチェックの作業は1本30~40時間かかる 場合によっては100時間かかることも

根岸 ネガの保存にあたっては、今のところ4Kが最も安全なスペック(仕様)といわれています。フィルムは三原色の発色色素の粒が集まって、映像を表現します。一方、デジタルもドット(点)が集まって映像を表現します。以前は「2Kでも保存できる」と言う人もいましたが、発色色素の粒が色によって大きさが違ったりすることなどを考慮すると、フィルムよりドットが細かい4Kが一番的確にネガフィルムの情報を再現できるんです。ただし、弊社では用途によっては、さらに5Kや6K(ARRIスキャン)にも対応できます。

近藤 また、スキャンをするにはかなりのコストがかかりますが、データだけでも保存しておけば、あとから、データ上でフィルムの傷や汚れ、色の調整などの修復もできるんです。デジタル化したデータはLTО(Linear Tape-Open)というデータ保存用の磁気テープに保存します。こんな小ちゃな(画像参照)一本のLTO7で6TBもの容量があって、ネガフィルムだと8本以上のリールを缶に入れて保管しなければならない2時間の劇映画が、すっぽりと保存できるんです。もちろん、デジタル化をした後のネガも、大事に保管していただけたらと思っています。

LTO7 『キネマ旬報』(B5サイズ)に比べてこんなに小さい

谷本 LTOテープは、温度湿度管理はフィルムと異なり室温で問題ありません。LTOはオープンソースなので、ひとつの企業が生産を中止しても別企業の製品を使うことができます。バージョンが新しくなったら書き換えていく必要があるので、コストと手間がかかりますが、その都度データを確認することになる利点とも言えますし、開発計画が示されているので現状ではベストだと思っています。

緊急提言3・文化的価値のある作品を映画遺産に!

谷本 作品を後世に遺したいという気持ちはあっても、スキャンにはコストがかかるので、東映でもなかなか実現できないのが現状です。最近ですと今村昌平監督の「楢山節考」(83)を、独立行政法人の国際交流基金さんと共同事業で、東映ラボ・テックさんに依頼して、4Kスキャンと修復・DCP作成しました。カンヌ国際映画祭のクラシック部門で上映されましたが、なかなか一企業で大量のデジタル化を進めるのは難しいです。助成金や原版納品制度など、海外同様に映画の文化予算が整備されるといいなぁ、とは思っています(笑)。

近藤 コストを考えると民間でどれだけできるか、という問題はどうしても出てきてしまいます。また、もし行政が乗り出してくださったとしても「どの作品を遺すのか?」という問題も当然、起こってきます。映画には、各年どれだけお客さんが入ったかという商業的価値と、文化的価値がありますが、売れる作品だけでなく、文化的価値のある作品もちゃんと遺して行かなければいけないという思いがあります。この記事が、みなさんで議論していただくきっかけになれば、嬉しいです。大げさな話かもしれませんが、20世紀の映画を次世代に遺すことは、いま私たちの“歴史的使命”だと思っております。ご相談などございましたら、ぜひ弊社までご連絡ください。
(取材・構成=『キネマ旬報』編集部)

<問い合わせ先>
本座談会について・ネガフィルムの4K化についてのお問い合わせは以下まで
東映ラボ・テック株式会社 銀座営業所
東京都中央区銀座3丁目14番1号 銀座3丁目ビル6F
mail:info●td-1abo.jp(●を@に変換してください)
TEL:03-5148-5600

※この記事は発売中の『キネマ旬報 7月下旬号』(850円+税)より転載されたものです。誌面もぜひ合わせてご覧ください。

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