関西のディープゾーン『遊郭・松島新地』に、愛する妻と1歳児、新生児と住んでみた~第3回~

比較的人が轢(ひ)かれる事故が多発し、ある人は刺されかけ、女は攫(さら)われやすく、知らない人が勝手にインターフォンを押してくるという松島新地内のマンションに住んだ丸野家。『北斗の拳』を地でいくエリアだと今頃気がついた一家だったが、妻が第二子の出産を控えていた。

松島新地から商店街を抜け、ひと川超えれば、JR大阪環状線に位置する西九条。ここに妻が出産する総合病院がある。そちらは、労働者の街としてよく知られている、これまたやさぐれ感のあるスポットである。

昼間からカップ酒を呷(あお)るジジイが寒さに体を縮め、「うぃぃぃうぉぉぉ~!」っと怒鳴る。あらゆるところからジイ様たちの咆哮(ほうこう)が聞こえてくるエリアでの出産、そして遊郭の中心で愛を叫ぶ一児を抱えた父の育児生活。さて、どうなるのか?

入院する妻だったが、出産、産後の休息期間は自宅へ娘を連れて帰り、私が面倒を看なければならない。しかし、この周辺。関西最大のドヤ街・西成っぽいスメルが漂っているのだ。

食事をするところは限られ、離乳食あがりの娘に飯を食わせるのは一苦労なのである。しかし、妻の病院に見舞いに行って帰りたがらない娘を連れ帰り、食事の用意をするのは気が遠くなるような労力を要する。

どこか娘が食事がとれる場所はないのか? いくら探しても埒(らち)が明かないので、一軒の居酒屋に入った。いたるところに“大関”のロゴが入り、立てつけの悪い扉の向こうにパイプ椅子とベニヤ板のテーブルがひしめく『G食堂』。みんな一升瓶の焼酎や酒を片手に何を言っているのかわからない言葉を使い不明瞭な感じで語り合っている中、お邪魔してみた。

酒さえあれば、自分一人なら楽勝に攻略できる店だ。だが、1歳児の娘がいるとなると……。ベビーカーを折り畳み、中央あたりのテーブル席を所在なさげに陣取る。手洗いから近い奥と手前は常連さんの席らしく、ギュウギュウになって盛り上がっている。九州訛りの強い親父が数人。

「すいません、大瓶ビールください。それと、チビにはなにかジュースを」

「いらっしゃい! はい、かしこまりましたぁ」

菅井きんみたいな骨と皮のおかみさんが子供に興味津々といった表情で、飲み物を出してくれる。注文は子供の好きな出し巻き卵とアジフライ、私はどてやきとししゃも。

「かわいいねぇ、いくつ?」

いいおかみさんで、いろいろと子供に世話を焼いてくれる。……だが、カウンター奥でひとりで飲っているオヤジの様子がおかしい。そっちが気になって仕方がない。

酔っているのか、なんなのか、下半身を触りながらもぞもぞしている。

ちょうど、出し巻き卵を娘が食べ終え、ジュースに取りかかった頃。オヤジがカウンターの下に自分のイチモツをデロリと取り出したような気がした。おい、おい、まさか!

次の瞬間、ビシャーッという高圧洗浄機音とともに、オヤジの長いひと噴射。まるで、浅間山荘を駆逐した放水車の如き水圧!ここで、小便かよ~!!

「なにやっとんじゃ、タツぅぅぅ~!!」

「なぁぁにやっとるんやぁぁぁぁぁ~!!

周囲のおっさんたちが、右往左往と取り乱す中、オヤジの大型ホースはかなりの水量を誇った。

私は娘とベビーカーを両脇に抱え、飲み食いの金だけを置き、逃げ出すように店を出た。はいはい、想定内の出来事です。やっぱりそんなことだと思ったわ!!

無事出産、そして遊郭女子の告白

何度か病院に通ったが、陣痛がなかなか来ない。やはり大阪のディープな環境に影響を受けたのか、お腹の子供が松島新地で産声を上げるのをためらっているのか。それでも予定日をすぎ、やっとこさ陣痛がやってきたようだ。なかなか寝つかない娘をあやしながら、出産を待つ。

長い長い時間。ふと気がつくと、女性看護士に肩を叩かれ、男の子が生まれていた。あらら、前妻との長男、今の妻との長女のときと一緒やん。勝手に生まれちゃったよ! 父がいなくても子は生まれるんだね。

1週間後、おくるみを着せて、自宅へ帰る途中、遊郭のやり手ババアが声をかけてきた

「あらあら、沙羅ちゃんおはよう! えっ、ついに赤ちゃん生まれたん?」

「ええ、そうなんですよ」

って、妻は普通に話してる。そのうえ、ウチの娘の名前も知っているときた! どういうことよ、これ。なんと妻は、私の知らないあいだに、よく通る道すがらのお店のババアたち、女の子たちと親しくなっていたのだ。って! 女ってすごいな! っつうか、ウチの嫁、強いな!

家族連れで“ちょ〇の間”前での雑談をするとは思わなかったのだが、キャバ嬢のような派手めの衣装を着たキレイな女の子が、ピンクのライトに彩られながら、生まれたての息子を眺めていた。

ぽつりとひと言、こぼす彼女。

「ウチの子、生んだ途端に旦那の家族に引き取られたから、ウチ、一回も抱いたことないの……。自分のお腹にいたときだけ一緒やった……。だから、ほしくなるのがわかるから、体が赤ん坊抱くのを拒絶してるねん……」

って、思い出話がマリアナ海峡の海の底ぐらい暗らすぎるやろぉぉぉぉ!!!!! 
新生児の退院日になんちゅうこというてくれてるねん! 君は遊郭界の山崎ハコ決定!!!

ダークなマイナスイオンをしぶきのように浴びて帰路についた私たち家族にさらなるディープ大阪の洗礼が続く >>(4)へ続く

丸野裕行

丸野裕行(まるのひろゆき) 1976年11月9日京都生まれ。 小説家、脚本家、フリーライター、映画プロデューサー、株式会社オトコノアジト代表取締役。作家として様々な書籍や雑誌に寄稿。発禁処分の著書『木屋町DARUMA』を遠藤憲一主演で映画化。『初めての不動産投資マガジン』、『ママビズ‐mamabiz‐』などポータルサイトの編集長、俳優養成スクール講師、タレントとしてテレビ・ラジオ・トークイベントなど活動。地元京都のコラム掲載誌『京都夜本』配布中! 次回作に「純喫茶関東刑務所前」、「童貞保護区域指定01号」、「屠殺場、地獄絵図ヲ描ク。」がある。

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