食べるということ

  by kadekawa  Tags :  


食べるとはなにか。
人間に限らず動物は皆、なにかを食べ生きるために栄養を摂取している。
草を食べる草食動物、動物の肉を食べる肉食動物。動物の肉や野菜などを調理して食べる人間。それぞれ、食べるものや食べ方は違えども、なにかを食べて生きていて、食べるということは、「命」いただくことである。
しかし、近年よく耳にするのは「動物を屠殺して食べるというのは残酷である、なので野菜を食べよう」という考えには賛同できない、それでは、草食動物を食べる肉食動物は残酷なのか?野菜だって生き物ではないか?そう疑問に感じるから。食べて食べられ命は繋がっているということがこの食物連鎖の世の中なのである。
もう一つ、高級食材と呼ばれる、和牛やフォアグラこのようなものは必要なのだろうか。 本来、農業というものは人間が生活する上で必要な食を安全、安心そして一般庶民にも行き渡るように行うものではないでしょうか?だからと言って有機農業をしなさいと言う権利は我々にはないのですが。簡単に有機農業しろとは言える。けど、それにどれだけの苦労がつきまとうかと言われたらとてもそんなことは言えない。
世に言う高級和牛というものは、肉を柔らかくするために本来は口にすることはないビールを飲ませたり、霜降りを作るために無理矢理、餌を食べさせる。人間でいうところのメタボリックシンドロームのようなものを意図的におこす。 フォアグラもそうです。無理矢理、餌を食べさせわざと肝臓を病気にしたものなのだ。
そこまでして、高級食材を食べたいか?と聞かれたら、少し考えてします。むしろ食べるという行為よりも残酷ではないのか?普通は口にしないものを無理矢理飲まされ食べたくもない餌を大量に食べさせられているそのように無理矢理作ったものを食べるのであれば普通に育てられたものをありがたく普通に食べたい。 現実、世の中には食べたくても食べられない人が大勢いるそんな中高級食材を作り出す方法を考えるのであれば飢餓がなくなる方策を考えた農業をしたほうがよっぽどいいのではないのか。

kadekawa

ジャーナリストをを志す23歳。 秋葉原という街に興味を持ち追いかけている。JKビジネスや秋葉原の様々なビジネスを調べている。また、園芸福祉についても勉強をしている。

Twitter: meishokadomatu

Facebook: 嘉手川 裕太