ダモ鈴木 damo suzuki

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damo


はじめまして
連載.jpに登録している、ライターのkobayashiと申します。
60,70年代の古い音楽が好きでそこら界隈のことを書いていこうと思っております。
末永くよろしくお願いいたします。

今回はダモ鈴木さんというアーティストに関して書いていこうと思います。
ダモ鈴木(ダメオ鈴木を名乗っていたのがなまってダモになった) 本名鈴木健二 1950年生まれ、現在もミュージシャンとして活躍される文字通り世界的にレジェンドなミュージシャンです。

ダモさんは
1960年代後半から70年代中盤にかけて活動をしていた『クラウトロック』(1960年代後半から1970年代初頭頃に西ドイツであまた現れた実験的なロックバンドや彼らが作った音楽を指す言葉、のちのロックだけでなく電子音楽など音楽界に多大な影響を与えた)を代表するバンドの一つで、レディオヘッドのトムヨークや、アンビエントミュージックという言葉を作ったことでも有名なトーキングヘッズのブライアンイーノ、日本ではゆらゆら帝国やogre you asshole等がその影響を公言しているバンド『CAN』
の絶頂期にメインボーカルを勤め上げたというレジェンドな経歴があるのです。
極端なことを言ってしまえば、ジェフベックやエリッククラプトン、などが活躍していた時代に同じように肩を並べるように活躍をされていたボーカリストです。

このようにまさしくレジェンドなミュージシャンでありながら
日本の音楽業界を経ずにドイツでデビューしたこと、CANでの活動期間がわずか3年と短いことやCAN脱退後約十年間ヨーロッパで会社員として生活を続けていたことなどから、一部の人を除いては知名度もそこまでなく、昨今ネットが普及するようになるまではドイツで取られたライブ映像のみでしかその姿がわからないなど、長らく謎の人物とされていた文字通り伝説の人です。

元は音楽家を目指そうとされていたわけではなく、当時の潮流であった、ヒッピー的な生活にあこがれ10代後半でアメリカに渡り、放浪の旅を続けていた方だったそうです。
その渡航先のドイツで詳しいことは分かりませんが、金銭を得るために路上でギターを弾きながら奇声を上げていたダモさんを見つけたのが変で歌の下手なボーカリストを探していたCANのメンバーだったというわけです。それが1070年のことだったそうです。

その日のライブからダモさんはバンドに加入そこから脱退する1973年までの三年間、このバンドの絶頂期ともいわれている時期のメインボーカリストとして活躍
名盤として知られる『tago mago』『Ege bamyasi(エーゲバミヤージ)』『Future days』の3枚のアルバムにボーカリストとして参加しています。
腰まで伸びたごわごわの長髪に髭、上半身裸で目はうつろ、という完全に危ない見た目で、初期のイギーポップ、近年であれば『boredoms』の山塚アイさんなどを彷彿とさせるような狂気をはらんだボーカルスタイルやゆらゆら帝国の坂本慎太郎さんなどを彷彿とさせるようなどこか不気味な声色、かと思えば、『sonic youth』や『ダイナソーjr』などのグランジ界隈のどこかけだるげなボーカルスタイルなど様々なスタイルを文字通り自由に繰り広げた、かなりのすごい方です。
元は変で歌の下手なボーカリストということでメンバーに選ばれたわけですが、後のロックのちゃんと歌う以外のかっこいいボーカルのとり方を文字通りすべて内包しているような稀代のボーカリストが生まれたわけなのです。
こうしたダモさんのボーカルとCANの様々な音楽の枠を超えた、作曲力が加わり生み出された上記のアルバムは一躍人気になりCANはのちに伝説のバンドと言われるほどの知名度を獲得するわけです。

ですがダモさんは持ち前のヒッピー精神からか、人気者になること(所説あるみたいです)に違和感を覚えCANから脱退
10年ほどのサラリーマン生活を経て、ソロ活動を開始し、どこにも所属せず、ブッキングからお金の管理に至るまですべて自分で行うという活動スタイルで、マーズヴォルタなどの著名なアーティストから、無名のアーティスト、様々な年代、知名度、音楽のアーティストと共演、たまに細野晴臣と大喧嘩をし、精力的に活動を続けてこられています。
日本にもたびたび訪れており、高円寺のクラブUFOなどその気になれば一緒にお酒を飲めるような距離のライブハウスなどでも演奏をされているようです。
案外会えてしまうかもしれません。

(トップのイラストは著者が作成)

 好きな音楽の情報を書いていこうと思います。  60年代や70年代の音楽やそれらに影響を受けて作られた音楽について書いていきたいと思います。