RED EARTHへ、青い地球より、愛を込めて vol.6 ~飛び出せシンドバッド~

  by タツキヨコヌマ  Tags :  

神様にやっと呼ばれた。

ついに自分にもこの日がやってきたか、と思うとワクワクする。
何百年待たされただろうか。
神様とやらの独断と偏見だけで、新しい人生に送り出される順番が決まる。
ハッキリ言ってもう待ちくたびれていた。
神様の奴、こんなにこの俺を待たせたのだから、最高の新しい人生を用意していなかったら絶対に許さない。

「神様に呼ばれたんだ、俺だよ。」
神に雇われている職員に声をかけ、役所のような建物に入る。
「こちらにお入りください。」
職員は建物の一番奥のドアの前に案内してさっさと帰っていく。

みすぼらしいドアには“神様”とマジックで書きなぐった紙が貼りつけられている。
神様も大した奴ではないらしい。
一応ノックするものの返事はない。
仕方なくドアをそっと開ける。
開けた瞬間に強烈な酒の匂いと爆音が俺の顔にぶつかってきた。
部屋の中には事務机と椅子、そこには作業着を着た初老の男が座っている。

「お待たせ!神様です!!!!!」
赤ら顔でへらへらしながら初老の男は叫ぶ。
室内に充満する音楽のボリュームがでかすぎて、普通に話しても通じないからだろう。
この爆音と、酒の匂いに頭が痛くなりそうだ。
そもそも神様、というからにはもっと年寄りだと思っていた。
「今から!君に!新しい人生で親になる人間を!観察してもらうから!」
「はい。」
「え!!何?!聞こえんから!もっと大きい声で!!!」
「はい」
「え!わからん!!分かったなら手あげて!」
俺は呆れながらも右手を挙げる。音量を下げればいいだけの話じゃないか。
やたらノリのいい音楽が爆音で流れ続けている。
ワンカップを片手に、ノートパソコンを顎で指しながら手招きする。
俺は訳も分からないまま神様に近寄り、ノートパソコンを受け取る。
音楽が終わり、また始まるまでの数秒間にだけ一瞬の静寂が訪れる。
「青いボタンと赤いボタンがあるでしょ、両方見てね!」
その一瞬の隙に耳元で神様と名乗る初老の男が説明する。息が酒臭い。
俺は呆れて無言で頷く。

仕方なく部屋の片隅に座って青いボタンをクリックする。
現れたウィンドウには、優しそうな女が腹を撫でて、これまた優しそうな男と仲睦まじそうに話している。
爆音のせいで、音声は全く聞き取れない。
しかし彼らのいる室内の様子から、生活レベルは窺える。
恐らく一軒家だろう。広めのリビングダイニングには花まで飾られている。
「ちょっと!ちょっと!全然音声が聴こえないので!音楽のボリューム下げてもらえませんか!」
大声で神と名乗る男に訴えるも、彼は酒を片手に音楽に合わせて歌を口ずさんだり、体を揺らしたりしており一向に聞いていない。

「くそっ、聞いてない。」
イラつきながら、今度は赤いボタンを押してみる。
さっきの青いボタンの時に見たのと同じ女がひとり、薄暗い部屋で大きな腹に手をあてがって座り込んでいる。
ブツブツと何かを言っているように見えるが、やはりこの爆音のせいで全く分からない。
それにしてもこの女はどうしたことだろう。
こんなに大きな腹を抱えて、ひとりぼっちだ。やけに神経質そうな表情も気になる。

青と赤のアイコンを交互にクリックしながら、何度も二つの映像を見比べる。
相変わらず、爆音のせいで音声は全く聴こえない。

どれぐらい経っただろうか、突然音楽が止まった。
自称神様の男がへらへらしながら俺に近づいてくる。
「どうだった?」
かなりフランクな調子で俺に問いかけて来るが、酒臭い上に目の焦点も定まっていない始末だ。
「青です。」
「え?何が?」
「選べってことでしょう?」
「赤も青も同じ女だよ。」
「じゃあなんで…」
「人は何憶何千もの岐路を経て生きているんですよ。ほんの些細なきっかけや気の持ちようで人生や明日が別物にもなりうる。」
「はい?」
「パラレルワールドって知ってます?」

俺の困惑をよそに神と名乗る男は語り始める。
「あの時こうしていれば、こうしていなければ、そんな時に人間が想像する仮定の結末こそが、パラレルワールド。
実際にあるの。人間が作り出しているだけだし。さっきの映像もあなたの母親になる女のパラレルワールドの映像。」

「人間って馬鹿だからさ、何か自分の都合の悪いことがあったら不条理があちらから勝手にやってきているぐらいに思うんですよねぇ。
だけどそれは大きな間違いなんですねぇ。実際の人生で起こること全てが自分が選び取っていることなんですよ。」

「裏を返せば、実は人間ってどのパラレルワールドにも自由自在に行き来できるの。つまり、どんな風にでも自分次第で人生は変えられるんですよねぇ。
最近の人間は自分たちを過小評価して、自分を信用しない傾向にある。
くだらない思い込みやその場しのぎの言葉に惑わされて、選択を誤ったり、可能性を見過ごしたりしてしまうんですよ。」

それがなんなんだ、意味が分からない、そう言い返したいが上手く言葉が出ない。
口をぱくつかせる俺を見て神と名乗る男はニヤッと笑う。
「新しい人生がスタートする前にそれを教えとこうと思って。
まぁ大体の人が産道の途中で忘れちゃうんだけども。」

真っ暗な闇を抜ける。
汗にまみれて、とても息苦しい。
遠く、弱かった光が徐々に近く、強くなる。
暗くて狭いトンネルのような所でも、どこかで聞き覚えのある音楽が雑音のようになり続けている。
最後のもうひと押しと、大きく体をねじる。
何かがとても、とても眩しい。

遠い遠い人間の知らない場所で、神はノートパソコンを満足そうに眺める。
画面に映るのはたった一人で我が子を身ごもり、出産を終えたばかりの女と新生児の姿だった。

『ハローマイベイビー』
誰にも聞こえないほどの声で画面の中の女は我が子に向かって囁く。
それに応えるかのように新生児がしわしわの顔を更にくしゃっと歪め、小さな拳をわずかに動かす。

「どうです?新しい人生は眩しいですか?それともその女の愛が眩しいんですか?」
神様は呟いて、新しいワンカップを開ける。
勿論これは、祝杯である。

タツキヨコヌマ

横沼 樹(よこぬまたつき) 1991.10.12生まれ 山口県出身 東京都在住 好きなものを好きなように、書く。 優しくできるものならしてみて、どうぞ。

Twitter: @tatsukinuma