▼世にも怖いビジネス心理学▼名作ホラーで学ぶ~獲物を追い込む方法~

 私たち人間は、この地球上で、最も大脳器官を発達させた生物です。理知を愛し、合理性を尊ぶ大脳という器官は、どういうわけか、他の生物にはない独特で奇妙なクセを持っています。

 例えば空想の物語という、極めて非生産的なものに一喜一憂し、あるいはその創作に生涯を捧げる人もいるほどです。つまり、いまも進化を遂げている脳は、あからさまに非現実的なモノに対しても、おかしなほど敏感に反応します。

 現代科学は、この点に着目して、相手の心情を揺さぶる「リアルと虚構の狭間」というものを、ビジネスの交渉に活かすテクニックを生み出しました。さらにもうひとつ、「相手の葛藤をリードする」ことで、思考停止やミスリードを促すことも可能とされています。

 皆が大好きな「映画」の中で跳梁する異形の怪物たちは、この点において最高のスペシャリストと言えます。彼らの獲物の囲い込み法は、実に見事なほど計算されていたのです。名作ホラー「リング」を例に、世にも怖いビジネス心理学の一端をご紹介しましょう。

■繰り返しの効果

「普通に考えたら、そんな話、有り得ない」
 そうした突飛な怪談話でも、「一定の条件」が揃ったとき、人々の行動に大きな影響を与えることが知られています。
 欧米社会を恐怖に陥れた、日本ホラー映画「リング」では――
「ビデオを観たものは、電話が来たのち、7日以内に死ぬ――」
 ストーリーの合間では、「呪いのビデオ」、「7日以内に死ぬ」という台詞が、くどいほどに出てきます。あなたの中の理性(自意識)は「そんなバカな――」と苦笑しながらも、スクリーンを見ているうちに、どういうわけか不自然さが消えてしまいます。それどころか、呪いのビデオとやらを「早く見たい」という欲求すら沸いてきます。呪いのビデオや貞子というパラダイムは、文化の壁を乗り越えて、なんと欧米社会にまで熱病のごとく広がりました。
 さて、この映画のように、「○日以内に不幸が起こる」、「○○をしないと死ぬ(気が狂う)」などの条件は、洋の東西を問わず、民話や伝承に数え切れません。「夢日記をつけていると気が狂う」、「髪の毛を洗っているときに『だるまさんが転んだ』を唱えると恐ろしいものに取り憑かれる」など、意味不明で陳腐なものもありますが、意識のどこかで、こう思ってしまいます。
――どうしてそんな話があるのか。何か理由があるのでは?
 そしてこの話を、いろんな人から「知ってる?」と繰り返して聞かされると、奇妙な社会心理現象を引き起こします。ホラー話が苦手な人なら、瞬く間にストレスとなり、「○○をやってはイケない」と強く念じるでしょう。いわゆる自己暗示の強化です。
 社会集団のなかでは、自己暗示に掛かりやすい群が確かに存在します。彼らは意識せぬままデマゴーグ(扇動者)となり、自分の恐怖や不安を社会に投影しようと行動します。小社会のリーダーやナンバー2がこれに影響を受けた場合、波及効果は絶大です。ただのウワサが、社会的信用のある人物によって、真実性や信憑性が付加されます。デマの蔓延です。
 例えば株価や金融商品の価格変動率は、事実よりもウワサが優位になることがしばしばです。

■つまらない話に「価値」をつける鍵がある

「ビデオを観たものは、電話が来たのち、7日以内に死ぬ――」
 これだけでは、なんとも不条理で陳腐な感じがします。ところが、信頼している友人や、幽霊など信じていなかった人から、「これはホントにヤバい話でさあ」などと真顔で言われると、なんだか身構えてしまいます。しかも奇妙なことに、「電話が来る」、「7日以内」といった、具体的な制約条件がついているではありませんか。普通の感覚の持ち主なら、これはなにかあるぞと勘ぐるでしょう。つまり、どんなにバカげた話でも、「具体的な不安条件(おもに制約事項)」が付加されると、その情報は、不特定多数の集団のなかで、不思議な価値を与えられ、語り継がれます。
 身近な事例で言えば――
「ウチの会社はもうすぐ潰れる」、「部門のなかで、誰かがクビになるそうだ」という不幸のウワサは、常に職場のどこかで囁かれています。その時、同時に、こんな話もついていませんか?
「○○さんがヤバそうだ。部長に相談しないで勝手にやったから」
「△△部門は解体されるみたいだ。採算が悪いからねえ」
 不幸の内容も、なぜか具体的だったりします。
 それはつまり、「○○をしたから失敗した」→「従って○○をしてはならない」というメッセージにされており、繰り返して伝播されてゆきます。
 あなたにはもう、怪物の目的の察しはついたことでしょう。
 社会集団を管理する場合、映画でいう呪いや変死と同じように、クビや倒産という陳腐なウワサほど効果的なものはありません。もしこれを、直接部下に言ったなら、彼らは一斉に反骨心を燃え上がらせるでしょう。ところが、出所を分散して、ウワサとして回すと、一時的にせよ、社員たちは「報告・連絡・相談」をキメ細かに行うようになります。
「従うか、それともクビになるか」
 ウワサの裏側に秘められた「選択肢」に、無意識のうちに惹き込まれているのです。
 戦争の際、侵攻先で軍部が宣伝ビラやウワサをまき散らす心理戦と同じです。

■ビジネス界は選択地獄

 あなたがソレにお気付きかどうかは分かりませんが、「人生の選択」と「ビジネス上の選択」は、完全に別物です。言われれば「ああそうか」と思われることでしょう。しかし多くの人はそうではありません。
「キミの出向は社命だ。断わることも出来るが、その場合は出遅れるよね――」
 こう言われると、ただのビジネス的な選択ではなく、さながら「人生の選択」も兼ねているように錯覚します。本当は、選択肢はいくらでもありますし、あなたの貴重な人生とは比べ物にならないほど小さな選択であるはずですが――。
 こうして相手の選択の余地を奪い、コンフリクト(葛藤)を誘うことで、相手を自分の思う方向に進ませる手法があります。
 それがウソでない証拠に、管理職やリーダー育成の特別研修では、実験精神医学的なカリキュラムが普通に実践されています(センシティビティ・トレーニング(S・T)後述)。。その実態は、あなたばかりか、運営担当者すら知らないことが多いのです。やり方を間違えたため、参加者のうち、数年間ほど抑うつ反応が残るケースもあるほど。
 コンフリクトと、そこから発生するストレスは、人間の意識を改革してしまうほどの威力があると知られています。
 映画の主人公たちが雪崩れ込むように窮地へと陥るのも、実はこれが大きく関与しているのです。

■巻き込まれる瞬間

 映画を観ているとき、大きな疑問を持つことがあります。特に登場人物たちが「選択」を迫られる場面です。
 映画「リング」を例に取ってみましょう。
 女性ジャーナリストの主人公は、高校生の間で広がる「呪いのビデオ」を取材していました。いたずらなスクープを狙ったものではなく、現代社会の心の闇を探るという真剣な動機でした。その取材中のことです。親しい姪っ子である女子高生が「自宅で急死した」という訃報が入り、さらに同級生たちも次々と異常な死を遂げていたことが判明します。その発端となったのが、折りしも取材をしていた「呪いのビデオ」であると知り、親戚の遺品から、ビデオの所在と異常さを暗示する写真を見つけます。
 いよいよ現場に乗り込んだ主人公は、問題のビデオを見つけ、それを観るという最悪の選択をしてしまい――。
 さて、ここで問題となるのは彼女の行動ではありません。実は主人公が助けを求めた、離婚した夫なのです。

■人間関係が「怖い」

 主人公の夫は、かなり独特な社会属性を持っています。極めて優秀で、大学で論理学を研究しています。しかし人格的には問題が多く、普通の社会生活に馴染めず、孤独に暮らしています。心の支えは、昔の妻である主人公、慕ってくれる女学生、そして友人である優秀な医師などの存在でした。
 徹底した合理主義者である彼は、呪いのビデオなど頭から信じていません。しかも、別れた妻や子どもに会うことを極力避けていたほどですから、連絡が来た時点では顔も見たくなかったはずです。
 つまり映画「リング」の中で、心理的に最も重要かつスリリングな選択は、実はここで行われています。リングでなくとも、サスペンスやホラー映画の製作者は、いつだってこのなにげない「冒頭の選択シーン」に最大の注意を払っています。ここの創りが不自然であると、すべての恐怖やスリルが激減しますし、観客の心理操作に失敗することを熟知しているからです。これは初対面での交渉場面にもまったく同じことが言えます。
 さて、ひとまずはリングのケースに戻りましょう。
 物語りのキーマンである彼に、最も厳しくて苦しい重圧を与えたのは、忌まわしい呪いや死の恐怖ではなく、単純明快な「会うか、会わぬか」の決断です。いままで避けていた相手に会うのは誰にとっても大きな苦痛です。その相手が昔の伴侶であり、しかも愛情が薄れて離婚したのではないようですのでなおさらでしょう。
 そうは言っても、愛した人から救いの手を求められては、動かざるを得ませんでした。そして、最も苦悩する決断をしてしまうと、他の選択は驚くほど呆気なく済ませます。そもそもの本題である、呪いのビデオを「観るか観ないか」については、心理的葛藤もなく、素直に受け入れてしまいます。
 こうして物語は、彼の驚異的な頭脳によって、呪いの暗示内容がじっくりと紐解かれてゆきます。そして彼がいたからこそ、悲劇の連鎖が拡大してゆきます。
 そろそろ、なんとなく話の矛先が読めてきたでしょうか。

■人心操作「悩ましい決断」を促すテクニック

 普段の生活の中でも、悩ましい決断は数え切れません。
 たとえばちょっとした買い物のときです。お小遣いをはたいて新型のコンピューターを買おうとしたら、あなたはどうしますか?
 親しい友達や、会社で優秀なエンジニアに聞いてみたところ、「A社の機種は手ごろでいい。B社は故障が多くて問題外だ」と言ったら、あなたの意識はどちらに傾くでしょう。
 これと同じことを、黄色い眼鏡をかけた、茶髪で、やや軽薄そうな電気店の店員が言ったら――まるで違う反応を覚えることでしょう。最も、そんな店員に声を掛けたりしませんよね。
 ところがその店員が、ひょこひょこと向うからやってきます。
「コンピューターをお探しですか? 特別キャンペーンの限定モデルがありますよ」
と特典を告げます。ふと胸元にある名札を見たら――主任とあります。きっとあなたは彼に聞いてみようと注意を向けるでしょう。
 肩書きや権威、そして恋人や親友など、あなたの身の回りには特殊な属性を持っている人達が溢れています。社会生活の多くは、意識せずとも、お互いの属性自体で影響を与え合っています。
 軽薄そうな主任のケースでは、彼が優秀か否かは問題になりません。会社側は営業トークに便利な「肩書き」を与えているだけで、実際の給与や地位は平社員と変わらないこともあります。属性がお客に与えるインパクトを見事に利用しているケースです。
 そして映画リングの場合は、キーマンの動いた動機が「愛した人(密かに愛している人)の救援」にありました。「愛情の結びつき」という属性が、キャラクター本人はもちろん、観客である私たちにも自然に感じさせてくれます。

■どのくらい「葛藤」させるのが良いか?

 私たちが、あからさまな営業トークや、不可解な恐怖の扉に、意図も簡単に手を伸ばしてしまうのは、「誰がそれを話したか。誰に誘われたか」という属性と、「なにをすると得か(なにをすると災難に逢うのか)」という不安条件がキモになっています。特に重要な選択を迫られたときなどは、対面する相手によって、大した葛藤をせずに決断してしまう傾向があります。
 これは、すでに解説したフットドア効果も威力を発揮しています。つまり「会う会わない」、「話を聞く聞かない」という、とてもシンプルで明快な選択さえクリアーすれば、相手の心に滑り込む余地ができ、交渉が優位に進められる傾向があるのです。
 交渉の場面でいえば、重要なポイントがもうひとつあります。
「相手を納得させるには、メリットを強調すべし」
 世間で良く耳にする話ですが、これを実際にやっても効果はないでしょう。むしろ重要なのはメリットではなくデメリットの操作です。
「早めに対処しないと、多くの不具合が出てきますよ。法律が改正されたらコストは倍に膨れます」
 こうして具体的な数値を出し、相手の「悩み」や「不安」をわざわざ煽ることで、相手の注意が交渉内容に集中します。つまりわざと「葛藤」を演出するのです。
 ただし注意点もあります。
 社会行動学の研究によると、適度な葛藤は人間の意欲と集中力を高めてくれますが、過度になると一気に減退することが知られています。簡単に言うと、「追い詰められたら逃げたくなる心理状態」になり、安易な決断(つまり白紙撤回)に持ち込もうとします。そんなご経験はあなたにもありませんか。
 ここから、厄介な交渉を進めるテクニックとして、まず葛藤の内容が明確で、デメリットが明らかなものから提示してゆきます。つまりいきなり核心について悩ませるのではなく、その外堀から攻めてゆくのが常道です。その一方で、最初のデメリット提示のインパクトが非常に重要です。適度にガツンとやってから、「ひとまずは簡単にクリアーできるものから進めましょう」とクッションを挟ませると、相手も注意を向けてくれます。

■「親しさ」は「重い鎖」

 ビジネスの世界において、交渉といえば、個人と個人のものではなく、組織と組織の契約がほとんどです。もっとも日常的な交渉といえば、部下やメンバーに「こうしなさい」と命令するケースでしょう。
 これを優位に進めるには、さらに突っ込んだ社会心理を念頭に置いて計画する必要があります。
 ある集団社会において、優秀なキーマンが動くと、不特定多数の人が「不自然さを持たない」という傾向があります。映画で言えば、見ず知らずの観客であるあなたですら、彼の行動によって物語世界に引きずり込まれますね。
 つまり小さな社会を動かすとき、各メンバーにすべてを伝える必要はありません。かえって「ああでもないこうでもない」と意見が割れてしまうものです。むしろこの場合は、数人のキーマンを間違いなく選択して動かせば、キーマンに属している小チームは、ごく自然に牽引されてゆきます。たとえそれが不快感や困難を伴ったとしても、メンバー内で影響を与え合い、やがて誰かが重い腰を上げてしまえば、芋ヅル式に動きはじめます。
 最大のポイントは、身近にある、インフォーマル(非公式的)で「感情的な結び」つきほど強力な〝鎖〟はありませんから、これを刺激することにあります。
 あなたが組織のトップなら、これを映画や小説の原作者のように応用して、「強力なキーマンを捏造」することも可能です。特定の人物に公式な「権威」や「特別待遇」を与えるだけで良いのです。

■キーマンを孤立させよ!

 いままでの内容を、今度は異形の怪物の立場から見てみましょう。あなたがハンターとなった場合、獲物を囲い込むには、どのように計画すべきでしょうか。
 映画「リング」では、呪いの増殖が狙いになっていました。問題のビデオを、どうにかして大勢の人間に見せ、コピーを仕向けなければなりません。現実的に考えると、かなりハードルの高い戦略が必要でしょう(なにしろスタッフもいなければ資本もありません)。
 そこでお金の掛からない強力な宣伝素材として「異常死」を演出しますが、見た者すべてが即死しては、コピーどころではありません。映画の本編でも、きっとこれまではそうだったのでしょう。しかし、ようやく主人公のような宣伝者(ジャーナリスト)が嗅ぎつけ、調査を開始しましたが、問題も生じます。優秀かつ合理主義者である夫の登場は、計画の進行に大きな障害を与えそうです。
 そこで貞子(作者)が考えたのが、若い女助手の登場です。彼女を端々に絡めることで、二人の間に気持ちの溝を作りました(ちなみに原作の小説では、高山の性格が極めて破綻しているので、主人公は信頼していません。関係の分断はここで生じています)。
 ホラー映画の場合、集団からキーマンが切り離されることが頻繁に行われます。これは連絡を絶たれた人間が、ウワサや想像に翻弄されやすくなり、不信感も抱きやすい状態となり、腰が浮いてしまうからです。
 ビジネスでも、よく同じ場面に遭遇します。プロジェクトが停滞すると、時折、小チームに分散されたり単独行動を強いられることがあります。重い責任を背負ってストレスを嵩じた場合、必ずと言っていいほど、相手を無差別に攻撃しようとする者が出ます。これもまた、ハンター側からすると狙い通りとなりますが、囲い込みのポイントはこれだけではありません。
「なんとしてもやり遂げなければ!」
 メンバーの思考が一本調子になり、まるでそれしか道がないものと思い込みます。
 まさに、そう思わせることが経営者(怪物たち)の狙い目です。獲物は「狩り場」への道へ一直線。もし道を外れたなら、小さな不安や恐怖を煽るだけで軌道修正が可能です。
「これだけが道じゃない。他にもまだある。焦るな」
 こうしたキーマンの声は、分断された仲間には届きません。届いたとしても、素直に受け入れられることもありません。他のメンバーは、逃げること(進むこと)に血眼です。
 リングの場合も、分断された主人公は、ますます恐怖を募らせて、ひたすらビデオの解明に奔走します。その結果、キーマンである夫もズルズルと引きづられ、小さな息子の命も危険に晒します。まさに貞子(作者)の思うツボといったところです。
 現実のビジネスでも、大集団を動かす場合、各職場のキーマンだけに、あえて違う指示を出すことがあります。特に上層部だけに好都合な動きをさせる場合、勘が鋭くてうるさいキーマンに別行動をさせることで障害を取り除こうとするのです。
 キーマンを失った小集団は、権威(恐怖)の直撃に不慣れであり脆弱です。特に個別に命令(攻撃)されると、小さな抵抗は見せても、結果的には従うしかありません。
 その土俵さえ創ってしまえば、やがてキーマンが合流しても安心です。彼もまた、全体の流れに足を引っ張られてしまい、当面の間だけ、流されてくれるからです。

写真:写真AC

ガジェット通信寄稿しています。1995年設立・出版編集プロダクション法人代表取締役兼カメライターの人。出版メディア業界歴20年。単行本50冊、雑誌/新聞100誌以上の執筆・取材・撮影・編集に携わりました。◆各種ご依頼などはこちらへ◆