【スペインの外国人】2 『君、日本人?』

  by 吉原 久美子  Tags :  

1990年1月から3月、一人で大きなリュックを担ぎ、ニコンFM2を持ってスペインを旅していた。
まだ、バルセロナオリンピックの始まる前。
スペインは強く濃厚にスペインだった時代。
英語のメニューのあるレストランは、チンケなインチキ料理屋だけで、
どこもかしこもスペイン語で統一していた。
英国のチャールズだって、カルロスと呼ばれるし、
ホットドッグはペリートカリエンテ、熱い犬。
そういう濃厚なところにいると外国人は疲れる。
私も最後の週はマドリッドでゆっくり劇場と美術館に行く予定にしていた。
そのために服も買った。レオンの街の安売りで。
疲れてはいたが、旅の最後を楽しんでいた。

ニューヨークで好評だったベラスケス展がプラドで開催され、
それを見るのに二時間の列ができた年。
ホセ・タマヨが『サルスエラ』というサルスエラの総合みたいなものを発表した年。
そういう時代のスペインに住むアメリカ人は総じてシャイだった。
歩いていると声をかけてきたアメリカ人もたぶんシャイだったと思う。
美術館で買ったポスターを丸めて片手に握って、上から私を見下ろしていた。
『君、日本人? そうだよね?』
彼はニコニコ笑う。
大体において、人々は外国を旅している時。はっきりと自分の国を言い当てられると嬉しいと思う。
チャイニーズでもなく、シノワでもなく、チナでもなく。
そうだと言うと彼は続けた。
『僕はアメリカ人。 マイクだ。仕事で来ている。
時間があったから、美術館に行ってきた。 
ところで、スペインのタコはうまい。
スペイン人はタコを食う。 君たち日本人もタコを食う。
でも、普通の西洋人はタコを食べない。もちろん、アメリカ人はタコを食べない。
しかし僕はタコが大好きだ。』
私は彼の言いたいことを少し考えた。
そして次の言葉を待っていた。
『つまり、スペインにいる多くの外国人の中で
タコを食べるという共通点を持っている。
えっと つまりその一緒にタコを食べないかと思って。。』
それはつまりちょっとしたナンパとも言えるのだけれど、外国にいるとその国の持つ毒にちょっと疲れて、
たとえその人が邦人ではなくとも、なんとんく話をしたくなる時がある。

もう30年も経ってしまったのに、『タコを食べよう」なんて誘われ方をしたのでよく覚えてる。
タコを食べるたびに、きっとあのアメリカ人はアメリカで、 げっ、そんな気持ちの悪いもの食べるのかいって言われて、スペインにいて外国人として持っていた孤独感とは別の孤独感の中にいるのだろうなと思う。

懐かしきミスター蛸。

写真・筆者撮影 イスパノジャパニーズ

スペインに住んで17年になります。 現在 日本人の全くいない 天本英世さんの灰が眠っている カソルラ山脈の麓の村に住んでいます。 夫はマドリッド出身のスペイン人。 子供は3人。 そして母は92歳まで13年間を私と一緒にスペインの生活を楽しみました。 コンセルバトリオのヴィオラの学生でした。アンダルシア認定調理師

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