【スペインの外国人】カテゴリー

  by カソルラ クミコ  Tags :  

 イスパノジャパニーズ

私がまだ小さかった60年代は 外人ということばが必ずしもネガティブな意味合いを持っていなかった。
どちらかといえば そこには 恐れにも近い憧れのようなものが入り混じっていた。
初めて 外国人を見たのは たぶん 2歳くらいの時。
家の前に置かれた工事用の砂で遊んでいた時だった。
思わず びっくりして おならが出た。
そして 大急ぎで家に入って、 『ママ〜 プが出た』と叫んだ。
それには 今 外国人を見た という意味が含まれていたのだが、
もちろん 母には そんなことは通じない。
あらあらどうしたんでしょ というような困ったような顔で。
『そう そう よかったね|
と 笑った。
私は、どうして母はびっくりしないのだろうと不思議に思った。
当たり前のことなのだけれど。
それは 金曜映画劇場に出てくるような人を目のまえで見た驚きだった。
いつ頃 外人ということばが放送禁止用語になったのか知らない。
ただ ある日 誰かのブログを読んで知った。
その時 まず思ったのは 外人墓地が外国人墓地になったら 短歌が書けないなということだ。
そして 今 私は、 スペインに住んで外国人として生活している。
『外国人である、』というのは 一つのカテゴリーに入ってるということだ。
良い意味でも 悪い意味でも。
一つのカテゴリーに入ると 同じカテゴリーの人とコミュニケーションが取りやすい。
私は外国人である と思っている人たち。
ドイツ人 フランス人 中国人 アメリカ人 オランダ人 と
同じ グループに入って なんとなく声をかけあう。
シンパシーを感じる。
それは なかなか素敵な経験だと思う。
以前 友人が一人、 なかなかかわいらしい女の子であったが、
海外協力青年隊でコートジボワールに行っていた。
彼女は『外国人会』というのに入った。
私は知らなかったのだが 海外青年協力隊の人たちというのは現地でなかなかリッチな生活をしている。
彼女も コックさんがいて 居間は50人くらい呼んで立食パーティーができるくらい広い。
外国人は アフリカ内の他の国の人たちもたくさんいて 写真は まるでベネトンの広告のようだった。
『でもね』と彼女は言う、『日本人会に入れってしつこく言われたの。
私たちは 外国人じゃないんだって。 私たちは 日本人なんだって。
変なの。』
ある種の人は 絶対 外国人になれないのかもしれない。
例えば 私の住んでるところにいるイギリス人たち。
もちろん 外国人になるイギリス人もいる。
そういうイギリス人を何人も知っている。
『国境』を歩いてまたぐことを知らない日本人やイギリス人は 外国人であると認識する気持ちがいまひとつ 薄い そういう風に感じる。
外国人として生きるのは ある意味 楽チンだし おもしろいこともたくさんある。
そして 同志として 声をかけてくれる フランス人やアメリカ人との関係が楽しかったりするのだ。

スペインに住んで17年になります。 現在 日本人の全くいない 天本英世さんの灰が眠っている カソルラ山脈の麓の村に住んでいます。 夫はマドリッド出身のスペイン人。 子供は3人。 そして母 90歳。 現在 コンセルバトリオのヴィオラの学生。

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