「健康」って人生のどこらへん?

  by 日なた  Tags :  


会社の健康診断ハガキが届いた。8月までの間に受けなければいけない。あぁもう一年たつのかぁ、と昨年に思いをはせる。
働くようになってから、健康診断に行くことなんてどうこう考えたことなかった。「せっかくだし。無料だし」とぷらぷら行って受けて帰ってきて、結果が来ても大きな問題がないかだけを確認し、すぐに捨てていた。
これまでずっとそんなかんじだった。何か体に関して気がかりがあれば別だろうが、周囲で「健康診断」に反応している人がいても(主に女性だが)体重測定に対してであって、健康診断に限らず、あまり体についてどうのこうの話題にのぼることすらなかったのだ。
さらに体重に関しても私は二十代半ばからなぜか太りにくくなったので、そこも気にしないでいられた。健康診断なんて屁でもなかったのだ。

しかし、昨年からそれが変わった。
太ったのである。
一年でドドッと太ったわけではない。正確にはその前から、二年間で5キロ太っていたのである。
太るということに対してあまりに関心がなかったせいで、まったく気づかなかった。美容面で気をつかう人間だったらもっと早く気づいたのだろうが、そっちもあまり関心なく、まーったく気づかなかった。
最初に気づいたのは顔だった。明らかにふくらんでいる。むくみとは違う。力士っぽい。
「あれ…?」と、あらためて全身を見てみたら、どん、と太っていた。ウエストがぼやけている。
そしてその後、届いた健康診断結果を見てはじめて具体的な数字がわかったのだ。
二年間で5キロ…。四年で10キロ…。四年ぶりに会った人が10キロ太っていたというのはまさに「あの人久しぶりに会ったらすっごい太ってたよ!」レベルだろうか。
そう考えてはじめて危機感がわいた。十代の頃以来の感覚である。
どうしたことだろう、中年になったら太りやすくしかも落ちにくいというのは本当だったのだなぁ、「太らないと心から思って食べたら太らない」というのは本当だろうか、などと自分の中のダイエット関連知識を総動員してみたが整理がつかない。ここ二十年近く好きに食べて太らずに来たので、どうしたらいいかわからないのである。

とにかくはじめて、健康診断というか、体重測定がいやで健康診断が憂うつという気分になっている。
太っていたからといって別に注意が来るだけなのだが、それでも憂うつである。健康診断前にだけダイエットする人の気持ちがわかった。こういうかんじなのか…。

そして同じ昨年の健康診断がきっかけとなって、乳がんが見つかった。
先に紹介状を出してもらい、ほかの病院で検査して確定し、手術したのだが、その後かなりたってから届いていた健康診断結果に目を通して、かなり衝撃を受けた。受けた乳がん検査のうちのひとつが「経過観察」になっていたのだ。
そしてもうひとつ、急いで出してもらった紹介状と画像を持ってほかの病院に行ったわけだが、そこから結局、健康診断と同じもの含めて一から検査やり直しだったのだ。じゃ、じゃあ健康診断でのオプションの意味は…
しかも検査は一度にやるわけではないので、確定まで二ヶ月近くかかったのである。「たぶんだめだろう」と結果が見えていながらの検査期間は本当にきつかった。がんと確定したときよりもつらかった。
会社の健康診断(で付けるオプション検査)って何なのだ?…検査でひっかかったからこそ知った(わかった)実際のところであった。

手術して退院し、中年体重ショックはそれから後の話だが、なんかこう…この一年で自分の体についての現実を突きつけられ、はじめて向き合った気がする。
この体でこれからを生きていくのだなぁ、と思い知った。
気になる部分は最初から手術も出来る病院で検査する、など自分の体を(時間とお金も)守りながら付き合っていくという知恵や術も大事なのだということも。
今年の健康診断ハガキが届いて、そんなことをあらためて思い出し、考えた。

がんになったことで、昨年以来、体の不調ひとつひとつに敏感になってしまった。ささいなことでも「がんかも!」「大きい病気かも」とパニックになる。
さらに体重増加まで…(これはただの食べ過ぎだけどね…)。極端に太ることで滅入ったり家にこもりがちになったりしてメンタルを崩すことも想像できるし、そこからさらに体調に影響が出るのは自分で経験してよくわかった。すべてがつながってしまうのだ。

年寄りが薬ばっかり飲んで健康番組ばかり見ていると知ってはいても、その意味を考えたことはなかった。年をとってくるとここまで健康が人生の中心になるとは。
でも毎日の、起きて、トイレ行って、外に出て、景色を見て、歩いて、人と会って、仕事して、食事してという生活から目をそむけすぎないことがとても大事な気がするのだ。
無理にでも難しくても、体の不調やがんへの恐怖よりも生活にまず目を向けるべきだと思う。中年になったらそれに支配されないように、踏ん張ることも必要な気がする。抵抗をやめたらあっという間に流されてしまう。
今日もし事故で死んでしまったら、私の人生最後あたりは「おもに病気の心配を毎日繰り返していた」だったなんて悲しすぎる。

そこそこ健康でないと、生きているのは大変だ。だからといって健康というものそのものに支配されるべきではない。
いちばん重要だけれど、自分の中心に持ってきてはいけないと思う。健康というのはいったい何で、そして私という人間の人生のどこに置くべきものなのだろう。

SNSは一切やっておらず、インターネット関連知識はまったく「ない」ので、少々場違いなところに出ているのは承知しているのですが…いろいろ書いていきます。