人殺しから学ぶこと

  by 東雲  Tags :  


 カール・パンズラムという殺人鬼をご存知でしょうか。アメリカに実在した連続殺人犯です。
 
 それに関連して近頃思うのが、メアリー・ベルのような天才タイプはともかく、カール・パンズラムのような秀才タイプに関しては、素行に問題があるという時点において正論を振り翳したり社会席制裁を加えたりすることが、むしろ犯行の根底を成してしまっているのかな、という気がするので、ある種の、そうした凶悪犯罪を犯し得る人々を(犯罪を犯す前、せいぜい軽犯罪で済んでいる時点で)弱者のように捉えて、なんらかの救済措置を取ることができないのだろうか、ということ。犯罪行為を正当化する意図は一切ないことを明言しておかねばなりませんが、今回はそういう話をしてみたいと思います。

天才と秀才?

 これはあくまでも学術的な見解を知らない自分だからそこ勝手に言える話(つまり、極めて個人的な見解)なのですが、先述のメアリー・ベルは犯罪者としては天才タイプだと考えています。すなわち、幼少期から動物虐待や殺人を犯すことができるのはある種の(世間的にはまったく褒められない)才能なのではないか、と。(ちょっとした「ひとりナチス」とまで言わしめた)殺人ホテルで有名なH・H・ホームズもそうでしょう。天才は、「ついカッとなって」人を殺したりはしません。もっとなにか、愉しんだり、あるいはそれこそユダヤ人を大量虐殺したように冷静且つ計画的に殺します。

 一方、秀才はどうでしょうか。たしかに、一時的な感情だけで動いているわけではなさそうです。普通の人間なら人をひとりでも殺せば十分でしょうから(罪悪感なり何なり、精神が持たないのではないかと思います)、何人も殺している時点で、なにかが違ってきます。そこで感じるのは、完璧な計画性や、なんらかの美学(嗜好)によってのみ行われるわけではない殺人というのは、ある種のヘイトの捌け口になっているのではないか、ということです。日本でも社会に対する憎悪が募った挙句に何人かを無差別に殺傷するような事件があると思いますが、天才タイプが自身の満足のために人を殺めるのに対して、秀才タイプの行いはヘイトの受け皿さえどこかにあれば起こり得ないのではないか。カール・パンズラムの発言をみる限り、そう思わざるを得ません。

 俺がどうして、こんな人間になってしまったのか? 知りたきゃ教えてやろう。俺は好き好んで畜生になったわけじゃない。世の中がそうしたんだ。奴らは俺を捕まえて、ムショでさんざっぱら虐待してから釈放するんだ。それの繰り返しだったんだ。
 例えば、あんたが虎の子を飼っていたとしようや。こいつを虐待して、獰猛で血に餓えた怪物にしてから世に放ったとする。そいつは手当たり次第に襲いかかり、地獄のようなありさまになるだろう。それと同じことがこの国では行われているんだよ

(http://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/murder/text/panzram.html より引用)

切り捨てるのは得策か

 上記の言葉は、当時の刑務所の劣悪な環境を告発したという点で意義深いものなのですが、個人的にはそれ以上の意味を持っていると考えています。つまるところ、目先の平穏のために、力で抑え付けたり、あるいは真っ当な言説を押し付けたりするという構造自体は現代でも見られると思うのですが、そうやって根本的な解決を避け、不穏な種を蒔いておきながら、いざ凶悪犯罪に発展したら被害者のような顔をしてひたすら犯人を糾弾するなど愚かにも程があるのではないか、と。

 ひとつ断っておきますが、犯罪行為を容認すべきだと言っているわけではありませんし、その分刑を軽くすべきだと考えているわけでも(残念ながら、基本的には)ありません。ただ、そうした人々が晒されてきた理不尽を無視し続ける限り、本来減らすことができるであろう秀才タイプの人間による凶悪犯罪は減らない、イコール、傷付くことになる人は減らないのではないかと考えています。

 被害者からしたら、たまったもんじゃねぇ、という話ではあります。それに、他人の不幸なんざ知ったこっちゃねぇし、どんな事情があれ犯罪を犯したなら徹底的に裁かれろ、という考えもあるのかもしれません。けれども、だからといって切り捨てるような態度を取り続ければ、彼らは社会に、誰かに向かって爪を立てようとするでしょう。その誰かが自分や、自分の大切な人になってからでは遅い。そう思いませんか?

 ここで再度確認しておきますけれども、既に理不尽に奪われてしまった命を前に、仕方なかったなんてことは言えませんし、言うべきでもありません。それは、法に基づき裁かれるべき事柄です。ただ、この先、(あえてこういう表現をしますが)利己的であろうと思うのなら、もしも自分が良い思いをして生きたいと思うなら、そう思うほど、他者を切り捨てるという行為は自らの首を絞めているだけだと気が付くべきだ、ということをこの殺人鬼の言葉から学べるのではないでしょうか。

(画像:筆者撮影)

25年くらいしか生きたことのない若造です。

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