世界をこえて

  by 東雲  Tags :  

我々は誰しも意味的世界の住人である。というのはよく言われることですが、それを踏まえた上で、某友人を見て思った、前向きであることの効用についてすこし考えたいと思います。

そもそも、当たり前のことではありますが、人は何を認識するのにも自分を通す必要があります。五感がその最たる例ですけれども、いつ何時でも、自身の内的なものでさえ、自分というフィルターを通すしかないわけです。ということはですよ、世界がこの目にどう映るかというのは、自分にかかっているわけです(こうしたロジックで理不尽を肯定するつもりはありません)。巷でよく見かけるような、世界はあなた次第だからポジティブに生きましょう、というメッセージを発信するつもりも更々ないのですが、ただやっぱり、前向きに生きられる人は強い。

某友人、と言ってもまだ10代の子なのですが、それが(来年度)受験生なのにも関わらず模試でひどい点数を取ってきて、何を言うかと思えば、「勉強してないんだからできなくてもしょうがない」と。そりゃあそうなのですが、正直驚いたのは、本人に焦りがなくて(もともとマイペースな人ではあります)、自分はやればできるのだと強く信じているということです。

そこで思い至ったのが、この友人が色々なことが器用にできる理由で、すなわち、今はできなくてもやればできるという信憑のある世界で生きるということの帰結なのだろう、と。

筆者はあまり前向きなタイプではありません。が、何にしたって解釈は如何様にでもできるのなら、もう少し自分に優しい生き方もできるのかもしれません。自分に優しく、のではなく、自分に優しい生き方。てめぇの頭ん中だけでてめぇを苦しめる生き方も良いのかもしれませんけれども、いつだって色眼鏡しかかけていられないのなら、気に入ったやつをかけたほうが、現実への働きかけにはなるのでしょう。

(画像:筆者撮影)

25年くらいしか生きたことのない若造です。

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