鈴木清順 その美

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鈴木清順と聞いて映画監督ではなく、仙人のような顔をしたタレントと思ってしまう人もかつては多かっただろう。1980年代から90年代にかけて、鈴木清順は映画やテレビドラマ、CMにバラエティ番組と八面六臂(?)の活躍ぶりであった。筆者も、小学生のころに『美少女仮面ポワトリン』(1990)において主人公をサポートする“神様”役を楽しげに演じる清順を見て、この人を食ったような飄逸なじいさんは何なんだろうと興味を覚えたことがあった。

やがて年齢もあってあまり表舞台に出て来なくなりタレントのイメージも薄れた清順だが、そのころに筆者は古い映画を狩猟するようになり、彼が独特な映像美学で知られる巨匠監督であることを知って驚いたものである。ちなみに、監督作『夢二』(1991)に出演した宮崎ますみは「(清順をタレントと思っていて)監督だなんて知らなかった」と記者会見で公言し、出席者は呆気にとられたという。

鈴木清順は、1950年代に監督デビュー。コンスタントにアクション・任侠映画を撮っていて、実はスタンダードな職人監督としてもなかなかの人であったわけなのだが、やがてクールな笑いに満ちた『探偵事務所23  くたばれ悪党ども』(1963)、真っ赤なクライマックスシーンで知られる『関東無宿』(1963)などで妙な個性が垣間見え始める。

ある意味で清順アクションの集大成的な『野獣の青春』(1963)はウェルメイドなサスペンス映画の筋立てながら、いろいろと変な意匠が盛り込まれていた。やくざの事務所の壁が巨大なマジックミラーになっていて、向こう側のキャバレーを監視できる。彼らが敵対するやくざの事務所は映画館の中にあり、壁はスクリーン。たまたまアクション映画の銃撃シーンを上映していると、事務所でも撃ち合いが始まり、画面の中でふたつの銃撃戦が繰りひろげられる。言葉で言うと簡単だが、映像で見ると実に異様な光景である。そして画面を彩る、緑・赤・黄のけばけばしい色・色・色。

清順にとって、映画は彼の美意識の結晶なのであろう。例えば、黒澤明が好んで描くヒロイックな人間像や愛憎のドラマに、彼は全く興味がない。小津安二郎の家族のような、終生のテーマもない。おそらく人間になど興味がない。清順映画は、清順にとっての“美”が支配する。

しかしただクール一辺倒ではないのも清順のおもしろいところで、喧嘩に明け暮れる青春をコミカルに描いた『けんかえれじい』(1966)では、ノスタルジックで叙情的な味わいも巧みに醸し出してみせて、こんな一面もあるのかと瞠目させられる。

1950〜60年代までは風変わりだがそこそこ手堅い娯楽映画監督であった清順だが、『殺しの烙印』(1967)の異様な内容が勤務先の日活社長の逆鱗にふれて、解雇される。

『殺しの烙印』は、炊飯器の湯気を吸い込むことに性的興奮を感じる殺し屋(宍戸錠)の活躍(と言っていいのか?)と悲劇的運命を描いた文字通りの怪作で、設定からしておかしいのだが、筋の脈絡もあまりない。それ以前の諸作よりも明らかに飛んでる内容になっており、面白いながらも、こりゃ解雇されても仕方がないかという気にもなる。

『殺しの烙印』はやはり大きなターニングポイントだったらしく、以後はもうかつてのようなシュールでも飽きさせない娯楽作品を撮るつもりもなくなったようで、独特なアート性が強い作風に変容していった。長い沈黙を経て発表した『悲愁物語』(1977)は、『烙印』に勝るとも劣らない狂った作品で、その後は『ツィゴイネルワイゼン』(1980)、『陽炎座』(1981)にて現実と夢とが戯れる世界を追求する。映像美にはやはり感嘆するものの、筆者のようなこらえ性のない人間には、全編に渡って大いなる退屈が支配しているように感じられてならない。

『カポネ大いに泣く』(1985)、『ピストルオペラ』(2001)あたりになると『烙印』どころではない脈絡のなさで、全く意味不明で刹那的な映像の羅列になってしまっている。『野獣の青春』や『けんかえれじい』のころのように、きっちりと出来上がったシナリオに清順流の味付けが施されているわけでは全くなく、作り手の欲望がそのままスクリーンを埋め尽くしているかに思えて、何だかちょっと淋しい心持ちになるのであった。

映画、舞台、書籍などが得意分野です。 どうぞよろしくお願いいたします。