スワローズ、チケット狂想曲

  by 乃木 穣  Tags :  

14年

 14年前のあの瞬間を、僕は今でもはっきりと覚えている。高津が横浜ベイスターズ(当時)の谷繁をショートゴロに打ち取る。微笑みながら、かみしめるようにゆっくりとマウンドへ向かう捕手・古田。喜びを爆発させるスワローズの選手たち。
 若松監督は優勝インタビューで「ファンのみなさん、おめでとうございます」と名言を残し、当時中学2年生だった僕は、自宅のベランダから20連発の花火を打ち上げ、したたかに怒られた。

 その優勝から14年。ようやく再びチャンスが回ってきた。10月2日、神宮球場。東京ヤクルトスワローズ-阪神タイガース。この試合に勝つか、同日に行なわれる試合で巨人が敗れれば、スワローズが14年ぶりのセ・リーグ優勝を決め、真中監督が宙を舞う。

狂騒の始まり

 本来は1日に行なわれるはずだったこの試合、雨天により延期となったことで思わぬ混乱が生まれた。チケット争奪戦である。通常は高グレードのファンクラブ有料会員から順にチケットが購入できる仕組みだが、雨天延期によるこの試合に限っては、当日朝9時から、すべての希望者に同時にチャンスが与えられることになった。

 チケット購入方法は、大きく分けて4つ。もっとも有力なのがスワローズの球団公式チケット販売サイト「スワチケ」による購入、そして、セブンイレブンやローソンなどのコンビニ端末による購入、「ピアちけ」などその他のチケット販売サイトを通した購入、最後は、11時からの神宮球場窓口での販売である。

 僕も、朝8時半からPCの前に貼りつき、スワチケの画面を立ち上げて待機した。スマートフォンとノートPCも用意し、端末3台体制での勝負だ。正確な時刻を把握できるサイトを立ち上げ、凝視する。8時59分55秒、56、57、58、59…。祈るように更新ボタンを押した。しかし。リロード中のマークがクルクルと回転するだけで、画面は一向に更新されない。

 一度ブラウザを閉じて再度立ち上げたり、更新ボタンを押し続けたり、いろいろと試みたが、ダメだった。「込みあっております、時間をおいて~」という例のあれが表示されたり、つながったと思ったら再びクルクルまわるだけだったり。9時15分、スワチケでの購入をあきらめ、近所のコンビニに走る。9時18分、ファミリーマート。既に完売。9時20分、セブンイレブン。カバンからスワローズの応援傘が飛び出したスーツ姿のおじさんが、マルチコピー機の前でガッツポーズしている。どうやら買えたらしい。「スワローズですか?」と声をかけると、満面の笑みで「取れました」という。続いて僕の番。画面に光るのは「完売」の文字だった。
店を出ると、ちょうど支払いを終えた先程のおじさんと一緒になった。「どうでした?」「ダメでした」。おじさんは、何とも言えないすまなそうな顔をして会釈し、去って行った。初めからコンビニに向かっていれば、と悔しくなる。

聖地・神宮

 そして、あきらめきれない僕は、神宮球場へ。神宮球場の窓口販売は11時から。このような試合の場合、通常のチケットは間違いなく窓口販売開始前に売り切れる。しかし、窓口でしか買えないチケットが存在するのだ。通称「見切れ席」。席の配置や柱などの関係で、グラウンド上に死角が生まれる席をそう呼ぶ。神宮球場では、その数120席。これはネット販売には出回らず、すべての席が完売になった場合のみ、球場窓口で購入できる。普段は忌み嫌われる見切れ席だが、こうなれば仕方がない。
外苑前で地下鉄を降りる。すぐに球場へ向かうべきかとも思ったが、ダメ元で近くのファミリーマートに入ってみた。いったん完売と出たあとでも、支払が完了しなかったなどの理由で再び購入可能になる場合があるからだ。端末機「ファミポート」の前では、若い女性が必死にボードをたたいていた。カバンには、スワローズのマスコット「つば九郎」のマスコットが付けられている。彼女もスワローズチケットを求めるファンの一人らしい。
しかし、必死の表情もすぐに落胆へと変わっていった。どうやら、ダメだったようだ。それを見て、僕はすぐに店を飛び出し、神宮球場へと走った。

 10時ちょうど、神宮球場。9番入口横のチケット売り場には、すでに長蛇の列ができていた。その数、100人超。見切れ席は120席、一人4枚まで購入可能なことを考えると、ここまで回ってくる可能性はどうやら低い。ちょうどそのころ、見切れ以外の席が完売になったとの情報が、正式に係員からもたらされる。

 ここまでか、と思ったところで奇跡が起きた。先程いったん完売表示が出た「ピアちけ」が、再び購入可能になったのだ。3G回線の旧型スマホでは分が悪いと思ったが、なんと、購入画面まで操作が進む。はやる気持ちを抑え、カード番号を入力すると、画面には「支払完了」の表示が。買えた。朝から走り回り、すべてが後手後手に回ってあきらめかけていたが、最後の最後に買うことができた。

そして

 ツイッターなどで出回った情報を総合すると、「スワチケ」はアクセスが集中し、しばらくほとんど機能しなかったようだが、あきらめずにリロードし続けると、購入できた人も大勢いたよう。一方で、結局一度もつながらなかった、という悲痛な叫びも多くみられた。コンビニ端末やチケットぴあ経由では、9時10分ころまではかなりスムーズに購入できていたようだ。その後も一時的な完売表示が出ても再び購入可能になるなどの理由で、10時以降にも購入できたという報告が相次いだ。結局のところは、運なのかもしれない。しかし、公式サイトでは購入できずに他の方法で購入できたり、正式に「完売」が発表されたあとでも購入できたり、といささか腑に落ちない部分も多かった。

 そして、悲しいかな、これだけの狂騒を巻き起こしたチケットは、膨大な数がインターネットオークションに流れ、数千円から数万円の価格が付けられている。

 試合は、今日18時プレイボール。ようやく取れた1枚のチケットを握りしめて、声をからして応援してこようと思う。

元、中央アジア在住。 主にシルクロード文化を発信中。