【心理学】犬はどのように物事を覚えるのか

学習理論:古典的条件付け・オペラント条件付け・社会的学習
 
 皆さんご存知のとおり、犬はとても知能の高い動物です。色々な芸を覚えるだけではなく、救助犬や警察犬、盲導犬としても活躍し、私達の社会を支えてくれています。これらの使役犬は高度な訓練を積み、様々なテストをクリアしています。よくある勘違いでは“このような使役犬は由緒正しい血統書付きの純血種だから”という声もいまだに散見されますが、雑種であっても立派に使役犬として活躍している犬も当然ながら存在します。むしろ、物事を覚える能力には、純血種であれ雑種であれ、一切関係ありません。なぜ、使役犬にはジャーマンシェパードドッグやレトリーバー種が多いかと言うと、それは一重に訓練しやすいからです。雑種犬では、その特性が犬の個体差に依存するので、犬によって、訓練しやすい・しにくいがあるだけの話しです。
 さて、我々と共に暮らす愛犬は、紛れもなく家庭犬です。例えジャーマンシェパードドッグであっても、猟犬のポインター種であっても、それらの仕事をさせずに普通に飼うのなら家庭犬となるわけです。
 使役犬、家庭犬の両者でも学習の方法は同じです。これらは心理学の研究により、明らかになりつつあります。よく犬関連の本には、古典的条件付け(クラシカルコンディショニング)や、オペラント条件付け(オペラントコンディショニング)の事が書かれています。これらを簡単説明すると以下のようになります。

古典的条件付け(クラシカルコンディショニング)連合学習ともいう

・飼主が餌の容器を持っただけで、犬がヨダレを垂らす。
→餌を食べる前には飼主が餌の準備をするため餌の容器を持つ。この事が餌が貰える前兆として学習された。
・何気ない時に犬の名前を呼び、こちらを向いたらオヤツなどの報酬を与える。
(または、オヤツを見せて犬がこちらを向いたら、名前を呼び報酬を与える)
→自分の名前とオヤツなどの報酬を結びつけて覚え、名前を呼ぶと直ぐに反応するようになる。

オペラント条件付け(オペラントコンディショニング)

・犬が自発的に座る時に「スワレ」の指示を出して、座ったら報酬を与える。
→たまたま座った時に報酬が得られたので頻繁に座るようになる。そのうちに「スワレ」の指示が関連付けされて、指示がでたら直ぐに座るようになる。

 このオペラント条件付けにはもっと細かい分類があります。ここでは割愛しますので、ご興味のある方は調べてみてください。

恐るべしもう一つの学習方法:社会的学習

ここでは、もう一つの学習方法である、社会的学習についてスポットを当てたいと思います。社会的学習とは、デモンストレーターの行動を見て模倣する学習方法です。牧羊犬などのトレーニングの際にもこの社会的学習が用いられます。犬に先輩犬の仕事ぶりを見せることで、トレーニングをスムーズに進めるのに大きく貢献します。仮に、牧羊犬などの高度な作業を社会的学習なしに教えるとなれば、膨大なトレーニング量が必要となり、場合によっては学習できないことすらあります。
 事前にお手本を見ることで、作業の一部や大まかな流れを理解することができるので、個別に一つ一つの作業を教えずに済みます。しかし、この社会的学習の認知プロセスについては、動物科学界でもまだはっきりとは判っていないようです。
 私が実際にこの社会的学習を使う時は、新しい犬が家に来た時です。まったく訓練のされていない新入りの犬の前で、我が家の犬達に何かの指示を出し、オヤツなどの報酬を与えます。これを繰り返していると、新入りの犬も我が家の犬達と同じような行動を取ることがあります。まさに先輩達の行動を模倣したと言えると思います。しかし、どんな犬でも模倣を行なうのかとなると、話は違ってきます。模倣するためには何らかの強いモチベーションがないと、きっと観察もしないでしょうし、真似る気も起きないと思います。
 そしてこの社会的学習の興味深い所は、人の行動も模倣することです。保護された野生のオオカミがケージを自分で開けたという報告もあります。これは飼育者がケージを開け閉めしている動作を模倣したとされています。
 私の経験では、以前に保護していたバーニーズマウンテンドッグがこの社会的学習をやってのけました。この犬は、人が行なうドアの開け閉めの動作を覚えるだけではなく、サムターン錠の開け方までも学習しました。サムターン錠とは、よく家やオフィスなどにある丸いシリンダー錠です。内側からは板状のツマミを回すことで鍵の施錠・解錠を行なうものです。この犬は鍵の掛けられた部屋にいても、自力で解錠してドアを開けて悠々と脱走ができました。それだけはなく、日常生活の中で、キッチンの戸の開け方や、クロゼットの開け方も見事にマスターします。こうなると私が外出から帰ってきて、どうなっているかは想像しやすいですね。そうです。家中の扉が開けられ、クロゼットも開けられ、中に入っていたドッグフードやオヤツも全てご完食。でも流石に玄関は2重ロックだったので難しかったようです。
 このように、社会的学習が得意な犬には注意が必要です。とにかく彼らは我々の行動から多くの事を学習して、習得します。それだけ我々も監視されているとも言えるでしょう。
 犬はとても、洞察力の鋭い動物です。古典的条件付けやオペラント条件付けだけではなく、この社会的学習の能力もとても高く、うまく活用すれば、愛犬のトレーニングにも大いに役立ちます。また一方で、模倣される事もあると頭の片隅に置いておくことで、不意な学習をさせないようもできるでしょう。
 愛犬はあなたの事をしっかりと見ていますよ。くれぐれも鍵の開け方は覚えられないようにしたいものですね。

TOP画像は著者撮影のもの。

 

DBCA認定ドッグビヘイビアリスト(犬の行動心理カウンセラー)・JCSA認定ドックトレーナー(家庭犬訓練士)・動物行動学研究者(日本動物行動学会)。 警察犬訓練所でドッグトレーニングを学び、その後に英国の国際教育機関にて”犬の行動と心理学上級コース(Higher Canine Behaviour and Psychology)”を修了。ドッグビヘイビアリストとして問題行動を持つ犬のリハビリを行っている。保健所の犬をレスキューする保護活動にも精力的に取り組んでいる。 動物行動学・心理学・認知行動学を専門とし、犬がペットとして幸せな暮らしができるよう『Healthy Dog Ownership』をテーマに掲げ、動物福祉の向上を目指して活動中。 一般の飼主さんだけでなく、行政や保護団体からの依頼も多く、主に問題行動のリハビリが専門。 訓練(トレーニング)やリハビリの事、愛犬との接し方やペット産業の現状などについて執筆している。 著書:散歩でマスターする犬のしつけ術: 愛犬とより強い絆を築くために(amazon Kindle)・失敗しない犬の選び方-How to Choose Your Dog-(amazon Kindle)

ウェブサイト: http://www.healthydogownership.com

Twitter: HealthyDogOwner