お客さんじゃありません

  by ひなた  Tags :  

先日、夕食を外で済ませることにして定食屋でもりもり食べていたら、近くの席にいる年配男性の声がすこし大きいことに気づいた。
一度気づいて音を拾ってしまうとずっとその音を追ってしまう。私は大きい声で話す人が苦手だ。苦手なのに、いや苦手だからか、その音に一度気づいてしまうととらわれてしまう。自分で積極的にきいてしまいながら「うるさい…」と不愉快になるという、なんというかとても無駄なエネルギー全開で食事を続けていた。
その男性がひときわ声を張り上げて言った。
「視聴者はお客様なんだから、我々が求めていることをわかっちゃいないテレビ局がばかなんだよ。無能。フジテレビはクズだな」
おぉ、えらい言いようだ、と初めておじさんの声が言葉として入ってきた。数秒の間にばかも無能も、クズまで。すごい言いようだ。怒っている。しかもテレビ局に。テレビ局にそこまで感情的になるとは。
私は現在、毎週録画するようにしている好きなテレビ番組がいくつかあるが、その番組をテレビ局と結びつけて考えたことがない。これは私が地方出身であることが大きいのかなと思う。私が子どもの頃、長崎の民放のテレビ局は2局しかなかったのだ。
長崎ではいくつかの局の番組がごちゃまぜに放映されていたのだ。上京してからもその感覚がどこか抜けない。テレビ局はリモコンの数字としてしか認識していない。番組の中身とテレビ局を結びつけるという感覚がなかった。

そしておじさんはさらに詳しく、いくつかの番組名を出して「フジテレビはこういう傾向がある。こういうタレントを出す。視聴者の要望を無視していて、だから視聴率も悪い。ばかで無能だ」となかなか詳しく解説している。そのすべて私が知らない番組名とタレント名だった。そんなに見ているのか、むしろフジテレビに夢中なのでは、と思うくらいの情報量だ。
しかしそれをきいていて初めて、そうか確かに会社としてそれぞれ違いはあるだろうな当たり前に、とうなずけた。そもそも私はあまりテレビを見ないので気にならなかったのかもしれない。

実は私はそのおじさんが(私が嫌いな)大声でがなり立てるのをきいていて、途中からかなりワクワクし始めていた。
いつもなら我慢ならず「食事の時間が台無しになった…」くらいに思ったはずだが、しかし、そのときあまりにタイムリーな話題だったのだ。
そのすこし前、偶然テレビに出る仕事をしている人の話をきく機会があった。私の直接の知り合いではなく、たまたま話をしただけという、知り合いの知り合いである。
このうるさいおじさんと遭遇する前なのだから余計にテレビ局のことなど頭になかったのだが、あまりにドンピシャな内容だったのである。

その人はこう言ったのである。
「テレビ局にとってのお客はスポンサーなんですよ」
その前後の話もあったのだが、私にはもう、この言葉が「…おぉ!」(手の平にポン)だったのだ。
そりゃそうだ。考えてみればそうだ。それなのに言われるまではっきり自分の頭の中で考えて言葉にしたことがなかった。
うれしくなった。私と同じちゃんと考えてないあんぽんたんが、しかもいい年した大人がここに。すくなくともふたりはいたのだ。
おっさんに教えてあげたい。視聴者はお客さんじゃありませんよ、考えればわかるのにそれわかってなかった浅い大人が私達ですよっ(親指立てる)。

あまりテレビを見ない私が初めて夢中になったテレビドラマがTBSの「JIN-仁-」である。おそらく「JIN-仁-」を見た回数だったら日本中で十本の指に入ると思う。録画したものを次の週まで繰り返し見続けた。終了後も全編を見続けた。今もよく見る。
何度も見ていると最初は気づかなかった細かいところに目がいくようになる。「こんなところまで。気づかれないかもしれないのに」というところが全編にぎっしり詰まっていた。
見ることができて本当によかったと思う。「あの作品を作った人達にどれほど言葉をつくせば感謝を伝えられるだろう」と今でも考えることがある。

ここからは私の考えだが、テレビ局の「お客様」はスポンサーである、それは現実だ。お金を出してもらわないと何も出来ない。作ることができない。
現場で作品を作っている人達と私達視聴者は、勝負の相手なのだと思う。真剣勝負の。
「頑張って作ったんだから好きになってよ。見てよ」は違う。
「見てやるんだから、こっちの気に入るもの作れよ」も違う。
得た製作費で何を作るのも、自分で見る番組を選び見て判断するのも、お互いの自由だ。見たほうは気に入らなければ「失敗した。時間損した」と立ち去ればいい。
あくまで対等なのだ。

あのおじさんのように内心「…ぷっ」と笑われる機会というのは誰にでもあるのだとは思う。でもできれば少ないほうがいい気がする。
どうでもいい相手をけなしながら夕食を食べるよりはフジテレビ無視して生きたほうがよくないかな、おじさん。

ひなた

神奈川や東京にぼちぼち現れます。